寄藤文平は『手書きの戦略論』を読んでいて恩師との思い出がよみがえり涙した

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寄藤文平は『手書きの戦略論』を読んでいて恩師との思い出がよみがえり涙した

[レビュアー] 寄藤文平(アートディレクター)

寄藤文平

 美術大学受験の時、予備校の先生に「寄藤、本気で合格したいなら戦略を持て」と言われてカチンときた。「戦略」という言葉が嫌いだったのである。もっとデッサンが上手になりたいという熱意や、絶対に合格するという決意、自分を駆り立てる気勢みたいなものを、「戦略」という言葉で小石みたいに扱われたように感じた。
 しかし、本気で何かをやり遂げるために具体的な方策を考えていけば、否応もなくそこに戦略が現れてくる。ある時、先生は僕がそれまで色彩構成の課題で使った色をすべて色チップに置き換えて、マンセルの色環図の上に並べてくれた。見ると、自分が明度の低い鮮やかな色と、明度の高い淡い色の組み合わせばかりに偏って、グレイッシュな色をほとんど使っていないことが理解できた。
 「見ろ、お前はグレイッシュな色をほとんど使っていない。いいか、都会の予備校の連中はみんな派手な色ばかり使う。お前は田舎っぺだ。田舎っぺが田舎の予備校で勉強して、そういう連中とポップな色使いで勝負しても勝てる見込みはない。もっと灰色を使え。前へ出るんじゃなくて、凹んで勝て」
 当時まだ素直な青年だった僕は、先生の戦略にしたがって灰色の研究をはじめた。伝統工芸や民族衣装で使われる色を参考に、様々な中間色を絵具で調合してフィルムケースに保管した。組み合わせを何種類も用意して即座に使えるようにし、組みと組みをつなぐ緩衝色の仕組みも作った。それらが功を奏したのか、僕の色彩構成はずっと多くのバリエーションを持つようになり、志望大学にも合格した。
 僕はその経験を通じて、本当の本気というか、自分の熱意を行動で具体化する方法を肌身で理解したような気がする。つまり、戦略を持つということを実感したのだった。先生の「戦略を持て」という言葉は、むしろ僕の熱意を前に進めようとする言葉だった。
 本書『手書きの戦略論』には、コミュニケーションに関わる7つの戦略論が、歴史的な系譜をふまえて丁寧にまとめられている。これを読んではじめて、自分が教わった戦略が「ポジショニング」だったことを知った。競争相手を「都会っ子・田舎っぺ」にセグメントし、田舎っぺならではの強みを最大化して合格する。絵に描いたようなポジショニング戦略である。
 ちなみに、その戦略は働き出してからも役に立った。事務所を作って、独力で仕事を切り開いていくにあたって、僕は鮮度と流行で勝負するデザインではなく、確実な機能で勝負するデザインに軸足を置いて活動するように心がけた。その根底にも「お前は田舎っぺだから、凹んで勝て」という先生の戦略があった。そう考えると、僕はあの戦略のおかげで、どうにか生きてこられたのである。
 読みながら、予備校の一室で先生が色チップを一枚一枚切り出して僕の前に並べてくれた姿がよみがえって、本書と全然関係ないところで涙が出た。僕にとって戦略というのはそういうものである。戦略という言葉にカチンとくる人にこそ、この本を勧めたい。

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『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』
アカウントプラナー/コピーライター・磯部光毅の雑誌『宣伝会議』での人気連載「手書きの戦略論」に大幅な加筆・修正を加え書籍化。コミュニケーション戦略を「人を動かす心理工学」と捉え、併存する様々な戦略・手法を7つに整理し解説。宣伝会議。1998円

太田出版 ケトル
VOL.31 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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