【手帖】「史耳」で歴史をとらえ直す

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津名道代さん

 著者と出版社の志と執念を感じさせる1000ページに及ぶ本が刊行された。和歌山県在住の津名道代さん(84)の『日本「国つ神」情念史3 トベ達の悲歌』(文理閣・5000円+税)だ。奈良女子大で日本思想史を学び、在野の研究者として活動してきた津名さんのライフワークである「国つ神」情念史の3巻目になる。

 神武東征によってのみ込まれてしまった人々「国つ神」族と、征服した人々「天(あま)つ神」族の情念の絡み合いから日本の歴史をとらえ直そうという壮大な試みである。「高天原ばかりが日本の源流ではありません」と津名さん。

 人間のこころには3つの流れの層があると津名さんは考える。上層は思想、中層は精神、下層は情念である。意識の層にある思想と精神に対して、情念は無意識の層にある。「思想はメロディー、精神はリズム、情念は音色と理解してもらえればいい」。ただ、征服された人々の情念は、それとして書き残されることはない。津名さんは地名や神社仏閣の名前、説話、伝承などを手がかりに若いころからフィールドワークを重ねてきた。「お金がなかったので下着の行商をしながら調査を続けました」

 1巻目の『清姫は語る』では、平安期半ばの仏教説話集に「紀伊国牟婁郡の悪女」として登場した女性が室町期、能では白拍子、絵草紙では「花ひめ」と姿をかえ、江戸中期には民衆芸能によって美しいヒロイン「清姫」として復活したことを通して、日本の歴史を深層から読み解こうとする。2巻目の『遙(はる)かなり、このクニの原型』では、自身の問題意識と方法論について詳しく論じ、情念史の研究には、己のこころをむなしくして先人のメッセージを聞き取る「史耳」が必要と語る。

 本巻では、神武東征以前に存在した女性首長である「トベ」を通して、日本にとってふさわしい国体について考えてゆく。津名さんは完結編となる4巻目にも取り組んでいる。その題名は「蛇と剣、桜の情念史」となる予定だ。(桑原聡)

産経新聞
2018年1月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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