泳げないカマキリを入水自殺させる「ハリガネムシ」の生態とは?

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食物連鎖の過程を経てカマキリの体内へ

 昭和生まれで、特に緑豊かな地方に育った方には、野の生き物に結構、残虐なことをして遊んだ黒歴史がないだろうか。

・ナメクジに塩をかけると消える → 確かに縮んだけれど消えなかった。
・ダンゴムシは丸まる → 結構な数を捕まえてナイロン袋に入れ、袋を空気で膨らませてシャカシャカ振ったら見事に全部が丸まった(何度もやられた哀れダンゴムシ)。
・オニヤンマに糸を付けて手に持ったまま飛ばしたらかっこいい → そもそも糸が重くて飛ばなかった(何度も糸の縛り付けを失敗して絶命させた)。
・カエルにオシッコをかけると局部が腫れる → 腫れなかった(カエル、ごめん!)。

 こうした経験のある方たちは残虐な行為を通して生命の不思議や大切さを学んできたのではないか。
 なかでもカマキリを水に溺れさせるとおしりから内蔵が出ると聞いて池に投げ入れてみたら、言われたとおりクネクネした内臓がでてきた経験がある。
 しかし、ある日それがハリガネムシだったことがわかったときには驚いた。

 その真実を教えてくれたのが『えげつない! 寄生生物』の著者で、昆虫・微生物の研究者である成田聡子さんだった。

【全文公開】泳げないカマキリが入水自殺!? ハリガネムシの驚くべきマインドコントロール術

 成田さんによると、ハリガネムシは類線形動物門ハリガネムシ網ハリガネムシ目に属する生物で、体長は数センチから、1メートルにもなるという。
 水中に生きており、交尾したメスが産んだ卵は川の中で細胞分裂して、イモムシのような幼虫になって広い川底で「その時」を待つ。
 じっと待っているのは、カゲロウやユスリカなどの水生昆虫の幼虫に食べられるためで、食べられた幼虫は、水生昆虫の腸管に潜り込み、イモムシ状の体を折りたたんで殻を作り、「シスト」と呼ばれる休眠状態になる。

 やがて、成虫になったカゲロウやユスリカは羽化して陸上生活にかわり、そこで、もっと大きなカマキリなどの肉食昆虫に捕食される。
 こうした食物連鎖の過程を経て、やっとハリガネムシの目覚めの時となる。肉食昆虫の体内に入り込んだシストは成長を始め、昆虫の消化管内で栄養分を吸収しながらにょきにょき伸びて成虫に育つ。

 すっかり大人になって、繁殖能力がついたハリガネムシは、宿主である肉食昆虫をマインドコントロールで水辺に向かわせる。
 そう、あの内臓だと思っていたあのクネクネものは、このハリガネムシだったのだ。
 泳げないはずのカマキリやカマドウマが自ら入水する現象は昔からわかっていたが、2002年にはフランスの研究チームがその謎の一部を解明し、ハリガネムシに操られた肉食昆虫は、「水」そのものより、水に反射した「光」に反応していることがわかった。

 そう、私のような悪ガキがカマキリを水に投げ込まなくても、自分から入水する運命だったのだ。

 カマキリの人生を考えるとかわいそうだが、成田さんによるとハリガネムシによる生態系への影響も無視できないという。

「ハリガネムシに寄生され、マインドコントロールされることによって川で自殺をする昆虫は日本全国で後を絶ちません。けれども、それらの昆虫はただ無駄死しているのではなく、川や森の生態系において大切な役割をもっていることが研究によって明らかになりました。
 2011年に発表された研究では、川のまわりをビニールで覆ってハリガネムシに寄生されたカマドウマが飛び込めないようにした区画と、自然なままの区画(入水自殺し放題!?)を2カ月間観察しました。
 その結果、川魚が得る総エネルギー量の60パーセント程度が川に飛び込んだカマドウマであることが分かりました。川魚のエサの半分以上は自ら入水した昆虫だったのです。
 一方、カマドウマが飛び込めないようにした区画では、川魚は自殺するカマドウマを食することができないので、川の中の水生昆虫類をたくさん捕食していました。そのため、カマドウマが入水できない河川では、川魚に食べられ水生昆虫が減ります。これらの水生昆虫類のエサは藻類や落葉です。そのため、川の水生昆虫が減ると、その水生昆虫のエサとなるのを逃れた藻類の現存量が2倍に増大していました。同時に、水生昆虫が分解する川の落葉の分解速度は約30パーセント減少していました。
 このように、昆虫の体内で暮らす小さな寄生者であるハリガネムシが、昆虫を操り、川に入水自殺させるだけでなく、河川の生態系にさえ、大きな影響をもたらしていたのです」

 なんと、ただただ残酷だと思っていたハリガネムシの生態も、実は自然界と生態系に一役買っていたのだ。

新潮社
2020年3月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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