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- 流山がすごい
- 価格:858円(税込)
人口増加率6年連続日本一(全国792の市の中でトップ)の千葉県流山市が注目を浴びている。政府が少子化に手をこまねき、全国の自治体が人口減少に悩む中、流山市が人口増を成し遂げたのは、2003年から市長を務める井崎義治氏の力も大きいのだが、政治的な経験が全くない「よそ者」の井崎氏は当初、猛烈な逆風を浴びた――。
流山市の発展の変遷を追ったジャーナリスト大西康之氏の新著『流山がすごい』(新潮新書、22年12月19日発売)は、綿密な取材でその秘密に迫った良質のノンフィクションだ。本書には流山を作り上げてきた先人たち、そして今も流山を支えている多くの人たちが登場する。井崎氏はどう逆風を乗り越えたのか。同著の一部を公開する。
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流山の可能性がつぶされる
どんぶり勘定の計画で開発が進む流山市では、実際に住民同士のトラブルが絶えなかった。市内の至る所に「マンション建設反対!」「日照権を奪うな!」という立て看板や幟が立っていた。
そしてまもなく2000年という頃、井崎は衝撃的な事実を知らされる。新たに開設された流山インターチェンジの目の前に、クリーンセンター(ゴミ焼却炉)の建設計画が持ち上がったのだ。
地元の請願で常磐自動車道に流山インターチェンジが開設されたのは1992年。建設費償還のため、たった数百メートルの出口まで走るのに100円を徴収されたが、それまでは手前の三郷ジャンクションか先の柏インターで降りるしかなかった流山の利便性は上がった。
新しいインターは江戸川の辺りに作られた。河川敷の周りは田んぼと野原に囲まれ「新川耕地グランド」と呼ばれる運動場がポツンとあるくらいだった。市街地にあったゴミ焼却場が老朽化していたため、市はそこに新たな「クリーンセンター」を建設しようと計画したのだ。この話になると、井崎は今でも熱くなる。
「考えてみてください。クルマで流山市に来る人にとって、流山インターチェンジはいわば『駅前』です。流山の印象はそこで決まる。一等地なんですよ。電車の駅前にごみ焼却場を建てたら、人々はそこに住みたいと思いますか。それと同じです。インターの前のゴミ焼却場計画は、都市計画のイロハを知る人にとってはあり得ない計画です」
常磐新線(つくばエクスプレス)の開通を数年後に控え、市内のあちこちで開発が進んでいた。だがそれも井崎の目には「大きな可能性を持つ流山の可能性をつぶすものばかり」に映った。
誰もやらないのなら、自分がやる
「何とかしないと、流山が壊れていってしまう」
井崎は同じ考えの市民を集め、地元の有力者や市議に働きかけたり、当時の流山市長のところにも談判に行ったりした。しかし「ご意見は賜りました」で市のやり方は一向に変わらない。
当時の流山市長はすでに1991年から2期市長を務めている眉山俊光。中学の校長を経て市の教育長に就任したあと市長選に出馬して当選した。教育者としては地元で尊敬される人物だったが、99年の市長選の時にはすでに76歳に達しており、既得権を守ろうとする人々に担がれていた。
ここまでの経歴を見れば分かるように、井崎が政治家を志したことは一度もない。井崎はただ自分が住む流山市を、もっと住みやすく暮らしやすい街にしたいだけだった。しかしそれを実現するには政治の力が必要だ。
「誰もやらないのなら、自分がやるしかない」
そう考えた井崎は1999年の流山市長選挙への立候補を決意する。最初から勝ち目のない戦いだった。どの政党からの支持も受けない井崎は、支援者の家に主婦を集め、70回の対話集会を重ねて「こうすれば流山はもっとよくなる」と訴えた。草の根の支援層は徐々に浸透していったが、如何せん時間が足りない。投票日は4月25日。即日開票の結果、現職の眉山が28333票を集め3選を果たした。無名の新人で45歳の井崎は20344票の次点だった。
敗れた井崎は、2003年の選挙に向け市民の声を聞くことに全力を傾けた。選挙前の半年間、支援者の自宅を訪れ170回の対話集会を開き、「この政策でいくらの損失が出ている」「こうすれば良くなる」と具体的な課題と解決策を訴えた。
他の地方都市と同様、しがらみに凝り固まっていた流山市の名士の中には、市民運動を足掛かりに市長を目指す井崎を良く思わない人々も少なくなかった。
「あんたはマンション住まいだから、新住民ですらない。仮住民だな」
そんな岩盤層を切り崩したのは女性たちの力だった。まず景観保全や自然保護の活動をしていた女性たちが井崎の陣営に加わった。やがて定年退職したサラリーマンが加わり、対話集会の動員で力を発揮した。既存の権力基盤の支持を受けた地元の有力者が市長や市議会議員になる昔ながらの市政に、新しい風が吹き始めた。
2003年の市長選の相手は長らく流山市で市議を務め前市長の後継者を謳う熊田仁一。新人同士の争いは34682票対21522票で井崎の圧勝に終わった。
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