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- ドキュメント 奇跡の子
- 価格:924円(税込)
「生まれてすぐ命が果てるかもしれません」――夫婦が授かった子は18トリソミーと診断されました。染色体、つまり生命の設計図に大きなエラーがあるので、脳から肺・消化器まで全身に先天性疾患を抱えることになります。
2019年1月9日、希(まれ)ちゃんが誕生。この希ちゃんの家族に寄り添うようにして取材し、『ドキュメント 奇跡の子 トリソミーの子を授かった夫婦の決断』(新潮社)を発表したのは小児外科医の松永正訓さんです。
千葉市に開業した小児科・小児外科の院長として日々、診療にあたり、多い日で150人もの患者さんを診るなか、なぜ希ちゃんの家族がそれほど特別だったのか。
この家族の軌跡を描いた本書から、「はじめに」を公開します。
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小児クリニックで日々診療を行っていると、家族ってなんだろうかと考え込むことがある。
私が医師になったのは、1987年、昭和の終わりだった。これまでに見てきた家族の数はいったいどのくらいなのか、見当もつかない。家族にはいろいろな形があり、価値観も人生観もさまざまだ。それぞれの家族に個性があり、似ているようでもどの家族も違った形をしている。
私は2006年まで小児外科医として大学病院の医局に在籍していた。その19年間で、先天異常を持って生まれた赤ちゃんに手術を行ったり、小児がんの子どもに手術や抗がん剤治療を行ったりしてきた。単に医療を施すだけではなく、その家族の進む道を自分なりに全力で支え、家族との間に深いかかわりを持った。
病気を持った子どもを授かったときに、家族はどう生きるかを問われることになる。重い病気は現代の医療でも治すことはできず、病気は障害となって子どもに一生ついて回ることもある。その重さは当事者にしかなかなか分かり得ないだろう。
我が子に愛情を持たない親はいないと信じたいが、重い病気の子を生まれる前に諦める家族もいる。生まれたあとに、病気の重さに心が耐えられなくなって我が子の命を諦める親や、病気を受容できない家族もある。
大学病院を辞め開業医となった私は、診療の傍らに地道に執筆活動をしている。これまでに障害児の受容をテーマに何冊もの本を書いてきた。障害児を受け入れることは容易ではなく、綺麗事だけでは済まない難しい問題を含んでいる。受容への道のりは長く曲がりくねったもので、家族は時間をかけて受け入れる心境に到達していく。さらに言えば、その途中で止まっている家族も見てきた。
一方で、乗り越えるべき受容の困難を、我が子への愛情で一気に飛び越え、あらん限りの愛情でひたすら我が子を守ろうとする家族もいる。高齢出産が進んだ現在、授かることができる子どもの数は少なくなっている。その数少ない我が子に病気や障害があっても、その命を大事にしようとする夫婦が、以前に比べて増えている気がする。実際、そういう相談を受けることが多くなった。
現代の家族の姿とはどういうものなのだろうか。簡明な言葉で述べるのは困難かもしれない。
我が子に病気や障害がなくても、虐待に走る家族がいることを私たちは知っている。私のクリニックに対して、数年前に児童相談所から身体的虐待を受けた子の診察依頼があった。私が小児外科医だからだろう。怪我の診察と治療をお願いされたのだ。それを機会にこれまで何人もの被虐待児を診てきた。体に残る凄まじい虐待の痕を見て、この子はこの先どうやって生きていくのだろうかと暗澹たる気持ちになったことが何度もある。
だから、家族とは何かという問いに対して簡単に結論は出せない。結局、いろいろな答え方があるというのが回答になってしまうだろう。私はそれでも、ある一つの家族を通して、我が子に対する家族の愛情を信じてみたくなった。その家族はある意味で「特別」かもしれないが、その「特別」の中に、何か「普遍的」なものが含まれているような気がした。
私が知り合った夫婦は、18トリソミーの女児を育てていた。18トリソミーとは、第18番染色体(18番目に大きい染色体)が、3本になっている状態をいう(通常は父母から1本ずつもらうので、合計2本)。生命の設計図に大きなエラーがあるので、脳や心臓や消化器などにさまざまな先天性疾患を合併する。
1歳まで生きる子は10%。医学書にはそう書かれている。そして通常は医療的に治療の対象にならないとも書かれている。
こうした重い先天性疾患が胎児期に判明したら、読者のみなさんはどういう選択をするだろうか。命の継続を望むだろうか。重い病気がいくつもあった場合、そのたびに危険を承知で手術を望むだろうか。それともどこかで諦めるだろうか。
そしてもし、その子が亡くなったら、そのあとの人生を、家族としてどうやって作っていくだろうか。
女性の名前は笑(えみ)さん。夫は航(わたる)さん。二人とも司法書士でそれぞれが自分の司法書士事務所を運営している。法律を仕事とする二人は、勉強が好きで、まじめであることが共通している。
笑さんは、「パパのようなママ」と友人から言われることがあり、芯が強く前向きに生きる人だ。航さんは、自称「社交的な根暗のオタク」で、包容力とユーモアのある人だ。
笑さんはSNSに我が子のことを書いていた。その文章には深い愛情が横溢していた。言葉の一つひとつに慈愛が満ちており、読み手を優しい気持ちにさせるものだった。彼女の文章を読んでいるうちに、家族愛というものを虚心坦懐に信じてもいいような気持ちになった。このご夫婦に話を聞くことができれば、家族の結びつきとはどういうものなのか再発見できるのではないかと考えた。
2023年4月に私はご夫婦に長時間のインタビューをお願いした。その後、インタビューを繰り返し、できあがったのが本書である。この家族の生き方を通じて、家族のあり方というものを読者のみなさんと考えてみたい。
多くの議論があるのは承知しているが、本書では「障害」という言葉を使った。「障がい」や「障碍」は使っていない。障害とは、人と社会の接点で生まれるものであり、障害の原因は社会の側にあるのであるから、言葉をぼかす必要はないというのが理由である。またご夫婦の名前は、二人に相談の上、敬称を略させていただいた。
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