ヒキコモリを集めて“不気味の谷”越え…音楽が聞こえる痛快エンタメ

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ヒキコモリを集めて“不気味の谷”越え…音楽が聞こえる痛快エンタメ

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 私が小説に求めているもののすべてがこの中にある。

 津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』を読んで、そう感じた。人を心地よくさせる文章のリズムと、はっと目を醒まさせるフレーズ、先を読むことが絶対にできない展開とそれを支える語りの仕様、どんな風に話が動いていっても絵空事と感じさせない人物造形の厚み。すべてとはそういうことである。

 物語を主導するのは竺原(じくはら)丈吉という人物だ。竺原はヒキコモリ支援センターの代表を名乗る男だが、素性は定かでなく、出たところまかせで思いつきを喋り捲るような態度のため、真意を掴むことが難しい。その彼が担当しているヒキコモリの中から三人を選び、共同作業をさせようとするところから事態は動き始める。インターネット内に架空人物を創造し、不気味の谷を越えること。それが竺原の明かした企図だった。

 技術を駆使して人間に極限まで近づけた存在を作ろうとしたときに、観察者はどうしても違和を感じてしまう。それが不気味の谷だ。ヒキコモリという一般社会には馴染めない境遇の者たちの力を結集して困難な課題に挑戦する物語、というのが序盤の印象なのだが、すぐに話はそれだけに収まらないような膨らみを持ち始める。竺原には自らが集めた者たちにも秘めた意図があり、そのために参加者の間でも駆け引きが始まる。さらに第二、第三のプロジェクトが存在することが明かされ、着地点はますます不明瞭になっていくのである。物語を支配しているのは竺原のキャラクターであり、彼の正体こそが最大の謎になっている。

 伝説のハッカー・ロックスミスを加えた四人の参加者のハンドルネームは、パセリ、セージ、ローズマリー、タイム。サイモン&ガーファンクルが唄ったことで有名なバラード「スカボロー・フェア」に因んだものになっている。この「スカボロー・フェア」他の音楽が随所で聞こえてくるのが本作の特徴でもある。

 竺原に集められた者たちはそれぞれに人生の問題を抱えていて固執するところが異なるため、容易には寄り添わない。合奏というよりはいくつかの独奏を集めたかのようにちぐはぐなのである。読んでいるうちに、それらは最終的に一つの和音に結実するのか、という関心も生まれてくる。ばらばらな部分が矯正されることなく調和を創り出すのだとすれば、それは夢のような光景になるはずだ。高まる期待に胸を熱く焼かれながら、私はページをめくり続けた。

新潮社 週刊新潮
2016年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク