料理は人の分かりあえなさを強調する大人の現実を穏やかな味付けで描く連作

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定食屋「雑」

『定食屋「雑」』

著者
原田ひ香 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575247275
発売日
2024/03/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

料理は人の分かりあえなさを強調する大人の現実を穏やかな味付けで描く連作

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)


突如崩れた日常の先には…(※画像はイメージ)

 人生は甘くないと思う人に。

 原田ひ香『定食屋「雑」』は、時に塩辛く、酸っぱく、苦々しいことさえある大人の現実を、素材の味はそのままに、この作者ならではの笑いを交えて描いた連作小説だ。

 三上沙也加の平和な日常は突如崩れ去る。夫の健太郎が離婚届を置いて家を出ていったのだ。しばらく前から彼は、近所の定食屋で酒を飲むことを息抜きにしていたらしい。夫にそんな秘密があったことに納得のいかない沙也加はその店、「雑」を訪れる。愛想のない老女が一人で切り盛りしていた。

 育ちのいい沙也加は、大雑把な「雑」の料理が口に合わない。にもかかわらず彼女は店でアルバイトをするようになる、というのが第一話「コロッケ」の可笑しいところだ。夫が「雑」で誰か女に会っていたのではないか、と疑っているためでもあるし、彼が出て行ったせいで生活費に窮したという理由もある。

 ちなみに「雑」の店主は通称〈ぞうさん〉。あだ名の由来はいずれ明かされる。沙也加と彼女の間にはほとんど共通点がないので、初めはとんちんかんなやりとりが続く。その関係がどうなるかが読みどころなのだ。若い沙也加が成長するだけではなく、ぞうさんもまた変わり始める。

 各話の題名は「トンカツ」「から揚げ」など大衆料理で統一されている。毎日口にする料理からは、その人がどのような来し方を送ってきたかが見えてくる。個人史はそれぞれに異なっており、安易に共有できないものだ。つまり料理は人々の分かりあえなさを強調するのである。

 本作が料理小説として際立っているのはその点で、原田は日常の味を通して人がいかに孤独であるかを描き、だが寄り添える場合もある、というぎりぎりの可能性を物語の中で見つけ出していく。地に足のついた語り口は信頼に足るもので、胸を穏やかに満たしてくれる。噛みしめるほどに旨味が湧き出してくる。

新潮社 週刊新潮
2024年4月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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