エラリー・クイーンのジュニア・ミステリ傑作シリーズ。

レビュー

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見習い探偵ジュナの冒険  黒い犬と逃げた銀行強盗

『見習い探偵ジュナの冒険 黒い犬と逃げた銀行強盗』

著者
エラリー・クイーン [著]/中村 佐千江 [訳]/マツリ [イラスト]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784046315922
発売日
2017/01/15
価格
778円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大人も子供も楽しめるジュニア・ミステリの傑作シリーズ

[レビュアー] 飯城勇三(エラリー・クイーン研究家)

 二〇〇九年から二〇一五年にかけて、エラリー・クイーンの〈レーン四部作〉と〈国名シリーズ〉をすばらしい新訳で出してくれたKADOKAWAが、昨年、またしても嬉しい企画をスタート。なんと、クイーンのジュニアもの〈ジュナの冒険〉シリーズを、新訳で出してくれたのだ。

 このシリーズは、エラリー・クイーン・ジュニア名義で一九四一年から刊行がはじまり、全部で九作が出た。『幽霊屋敷と消えたオウム』は第三作の“The Green Turtle Mystery”、『黒い犬と逃げた銀行強盗』は第一作の“The Black Dog Mystery”の邦訳である。うち八作は過去に訳書が刊行されたが、最後に出たハヤカワ文庫版Jrは、なんと四十年近く前。それを新しい訳と新しいイラストで出してくれたので、クイーン・ファンが喜ぶのは当然と言えるだろう。

 ただし、私は珍しさだけで喜んでいるのではない。このシリーズは、本来の読者対象である子供はもちろん、大人が読んでも楽しめる上質なジュニア・ミステリなので、容易に読めるようになったことを喜んでいるのだ。

 例えば、『幽霊屋敷と~』の幽霊屋敷の住人に関するミスリードや、〝犬の吠え方〟というブラウン神父もびっくりの手がかり。

 例えば、『黒い犬と~』の銀行強盗の逃走ルートをめぐる消去法推理や、盗まれたペンキの手がかり。

 どれもジュニアものでは頭一つ抜けている。子供はもちろん、大人が読んでも楽しめることは間違いない。いや、当時のジュニアものの厳しい制約(殺人はNGだとか善人を犯人にしてはいけないとか)も考慮して読める大人の方が、より楽しめるかもしれない。

 今回の中村佐千江の訳は、原作をきちんと訳しつつも現代の子供たちが読みやすいように文章に工夫を凝らしている。また、マツリのイラストは、このまま漫画かアニメにしてほしいくらい魅力的である。私は、四十年前の旧訳版より、こちらをお薦めしたい。

 なお、昨年刊行されたF・M・ネヴィンズの『エラリー・クイーン推理の芸術』(国書刊行会)によると、このシリーズは代作であり、クイーンの片割れマンフレッド・リーが監修をつとめたとのこと。ただし、この「リーの監修」は、かなり厳しかったらしい。同書によると、リーが同じく監修をつとめたペーパーバックの代作シリーズでは、代作者がなかなかOKをもらえず、何度も書き直しを命じられたそうなのだ。本シリーズの質の高さは——代作者のフランク・ベルクナップ・ロングとサミュエル・ダフ・マッコイがミステリ界では無名な点を考えると——これが理由なのだろう。

 また、クイーン・コンビのもう一人、フレデリック・ダネイは、シリーズ開始時に自身の編集する〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉にPR風エッセイを寄せ、「ジュニア・ミステリは売れないというジンクスを打ち破りたい」と意気込みを述べている。

 ところで、本シリーズは〈見習い探偵ジュナの冒険〉と題され、ジュナは「探偵をめざしている」「名探偵エラリー・クイーンの助手」と書かれている——のだが、このシリーズをいくら読んでも、そんな話は出て来ない。実は、ジュナが名探偵エラリーの助手になるのは、作中の時系列では、このシリーズより後の出来事。この後、クイーン家に引き取られたジュナは、家事のかたわら、名探偵エラリーの助手もどきをつとめることになるのだ。

 もちろん、発表の順番はその逆。クイーンがジュニアもののシリーズを立ち上げるにあたり、自作で活躍した少年ジュナを独立させて主人公にすえたわけである。前述の執筆事情と併せて考えると、『北斗の拳』などの人気漫画の脇役を主役にして別の漫画家が描いた〈スピンオフ〉と同じだと見なすのが正しいだろう。

 大人の読者は、エラリー・クイーンものの〈スピンオフ〉として楽しみ、童心に返って上質のジュニア・ミステリとして楽しみ、その後は、子供に薦めてはどうだろうか。

 ◇角川つばさ文庫

KADOKAWA 本の旅人
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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