「うちの子が誰よりも可愛いの! なんか文句ある?」日本フィギュア立役者を槇村さとるが語る

インタビュー

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槇村さとる「氷を溶かすほどの情熱に」

[文] 新潮社

1988年、カルガリー五輪。左が城田憲子氏。
1988年、カルガリー五輪。左が城田憲子氏。

元日本スケート連盟フィギュア強化部長・城田憲子さんの著書『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(新潮社)の発売を記念し、漫画家・槇村さとるさんにお話を伺いました。

 ***

――フィギュアスケート選手として五輪を目指す子供たちの「今」をつぶさに描いた『モーメント』を、月刊「ココハナ」(集英社)に連載中の槇村さんのご感想を伺わせてください。

 一言で言うと、「あ、この人、お母ちゃんだ!」と(笑)。この本は、日本フィギュアスケートの黎明期に選手発掘と強化のシステムを築き、荒川静香さんや羽生結弦さんが日本初の男女五輪金メダルを獲得するまでの道を拓いた元・日本スケート連盟フィギュア強化部長の自叙伝です。年代的な背景を考えれば、女性がチームリーダーを務めることはとても難しい時代で、当時そうした立場に置かれた女性のほとんどが、男性に成り代わったかのような素振りで物事を動かしていたはずです。なのに、城田さんはそうじゃない。「うちの子が誰よりも可愛いの! なんか文句ある?」って、選手や日本のフィギュアスケートに対する剥き出しの愛情を隠さないんです。むしろ「男性だったらこういう尻(ケツ)の捲り方はしないのでは?」と思う場面がいくつもあって、リンクの氷さえも溶かしてしまいかねない彼女の情熱のありようが、非常に面白かったです。
 また、そうした情熱の源が掴めないことにも興味を引かれました。いくら「昔の日本のフィギュア界が極東の小国と言われて悔しかった」といっても、実際に彼女を突き動かしていた情熱は、そんなふうに一言で説明がつくものではなく、様々な出来事や、いまだに言語化できない感情が複雑に絡み合ったなかで、より熱を帯びていったのではないでしょうか。

――日本のフィギュアスケートが今ほどの関心を獲得していない時代から、『愛のアランフェス』(78年)や『白のファルーカ』(87年)など、アイスリンクを舞台にした作品を描かれています。フィギュアにご興味を持たれたのはいつ頃ですか?

 十代の頃です。昔はよく観戦に行き、城田さんが大会を開くにあたっての奔走ぶりを書かれていたような雪国の、つまり釧路などの大会にも出かけていたんです。読んでいると、創成期ならではと言うか、国際大会の準備をめぐるドタバタ劇は、やっぱり漫画のように面白かったです。たしかに当時の大会は今よりもずっと小さな会場で、牧歌的な雰囲気のなかで開かれていて、誰もが気軽に観戦することができました。渡部絵美さんの活躍で次第にテレビ中継も増えていきましたが、大好きなイリーナ・ロドニナとアレクサンドル・ザイツェフのペアが来日した時は本当に嬉しくて、サインを貰いにおしかけてしまったことを憶えています。

――黎明期をご存じの槇村さんは、日本に初めてフィギュアの五輪金メダルがもたらされるまでの過程を読まれて、どんな印象を抱かれましたか?

 確かな技術を持った荒川さんをオリンピックに送り、勝たせたい――実現に至る過程には、読む人によっては、「えこひいき」と捉えるかもしれない側面もあります。
 しかし、そもそもアスリートの世界に「公平性」を問うことなど可能でしょうか? 選手たちは皆、もともと与えられた体も才能も異なります。練習環境だってそう。さらにはオリンピックだって、時の運と無縁ではありません。自分が生まれた年のめぐり合わせとか、様々な転がって来ただけの運にも勝敗が左右されてしまいます。なかでもフィギュアスケートは選手それぞれの華を競う競技であると同時に、多様な価値観が認められたスポーツです。だからこそ採点からジャッジの主観を排除することもできません。だけど、そのなかで勝ち負けを決めたがる人間という存在そのものを、私は「面白いな」と思っているのですが……。

――今回、長いあいだ「密室」のようにも思われていた舞台裏が綴られましたが。

 たとえば少女漫画の限界は、少女世界を取り囲む「本当の世界」に目を瞑ってしまった瞬間に訪れると考えているんです。夢に始まり、夢のまま終わる。しかしその世界に「外側はこうなっていますよ」と現実に通じる風穴を開けたら、少女にとって次に乗り越え、進むべき方向が見えてくる。そして、新たな物語が生まれていく。いかんともしがたい現実や大人の世界が描かれてこそ、それに抗う主人公の苦悩や成長が伝わるし、真の魅力も見えてくるのではないでしょうか。
 選手あるいは身近に支える家族やコーチだけで成り立っているわけではない世界を知る――それもフィギュアスケートの魅力と、続く未来を見つめることだと思います。

新潮社 波
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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