【刊行記念インタビュー】柚月裕子『凶犬の眼』 捜査のためなら、俺は外道にでもなる――。正義か仁義か。男たちの誇りを賭けた、狂熱の物語。

インタビュー

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凶犬の眼

『凶犬の眼』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041049556
発売日
2018/03/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【刊行記念インタビュー】柚月裕子『凶犬の眼』

[文] 茶木則雄(書評家)

先輩刑事・大上章吾の死から二年、駐在所に飛ばされ
平和な田舎町での生活に虚しさを感じていた日岡秀一は、ある男に出会います。
指名手配犯・国光寛郎だと気づいた日岡に、彼はある提案をし――。
日本推理作家協会賞受賞作『孤狼の血』より三年、待望の続編が登場。
シリーズにも関わりの深い茶木則雄さんによるインタビューです。

――『孤狼の血』の大ヒットおよび映画化、おめでとうございます。最新作『盤上の向日葵』(中央公論新社)も本屋大賞にノミネートされました。絶好調ですね。

柚月 ありがとうございます。おかげさまで、これまでの作家人生でいま、一番充実した時を過ごさせていただいています。

――試写をご覧になられたそうですが、映画『孤狼の血』の印象はいかがでした?

柚月 もう、観終わったあとは放心状態で。最高でした。役者さんや監督さん、そして脚本も素晴らしくて、私が言うのもなんですが、心が火傷するほど、ぐっとくる映画でした。本当に、原作者冥利に尽きます。

――続編の『凶犬の眼』ですが、『孤狼の血』に勝るとも劣らない、迫真のアウトロー小説に仕上がっています。取材は相当、苦労されたんじゃないですか。

柚月 苦労というか、私の場合、法曹界にせよ、警察にせよ、暴力団にせよ、あらゆる分野でほとんど知識がないので、いつも一から勉強させてもらっています。ですから、特別大変だったという気はしないんですが、扱う事件が事件なので、そこは気を遣いました。

――前回は広島抗争でしたが、今回は史上最大の暴力団抗争と呼ばれる山一抗争がモデルになっています。終結したのが平成元年ですから、まだ記憶に生々しいですよね。

柚月 当時は十代でしたし、まったくそういうものに興味がなくて、リアルな記憶は全然ないんです。ただ、ヤクザ関係の書物を読み漁って、調べれば調べるほど、大変な抗争事件だったんだな、と。そのなかでひとり、とても興味深い人物がいて、その人物を念頭に置いて作品を書けないかな、そう思ったのがきっかけです。

――山口組から分裂した一和会系G連合会のI会長ですね。一般的な知名度はないですが、「ヤクザの鑑」「男のなかの男」と言われ、組関係者やヤクザウォッチャーの間では、大変有名な人物です。山口組四代目組長暗殺の首謀者として死刑を求刑され、無期懲役の判決を受けて現在は旭川刑務所に収監されています。本作のなかでは国光寛郎の名前で登場します。

柚月 前作には大上章吾という強烈なキャラクターがいて、それに匹敵する人物を、と考えたとき、日岡秀一と対峙し、彼を成長させる触媒としてこの男しかいないと思いました。大上は悪徳警官で、インタビュアーの茶木則雄さんが角川文庫の解説で指摘されているように「粗にして野だが卑ではない」という人物です。一方の国光は、いい意味でのヤクザらしいヤクザで、軽々しくは使いたくないですが、任侠という言葉がぴったりくる人物。双方とも法を逸脱した手荒いこともするけど、己を曲げない信念は共通しているのではないかと思います。

見えない部分を描きたい

――物語は日岡と国光が、小料理屋の「志乃」で遭遇するところから始まります。この冒頭の部分もそうですが、ポイントになる章には週刊誌の記事が前掲されていますね。

柚月 狙いはふたつあって、ひとつには事実関係の整理です。暴力団抗争というのは非常に複雑で、登場人物も多いし、組織も蔦のように絡み合っています。その背景を、読者にわかりやすく提示する意図がありました。もうひとつは、マスコミが報道する事実というのはどこまで事実なのか、という疑問がずっとありまして。

――いわゆるフェイクニュースですか。

柚月 フェイクニュースとまでは言いませんが、報道というのは、十の事実のうち一しか伝えていないのではないか、という疑問です。人間の行動、心理というのはひと言で説明できるものではないし、様々な事情が絡み合って成立する事象です。いわば、表にでてくるのは氷山の一角で、その下の九割の部分は見えない。その見えない部分を描きたい、という思いですね。

――物語が進行するにつれ、週刊誌報道と事実の乖離が明白になっていきます。

柚月 歴史というのは、常に勝者の側から描かれていて、敗者の事情というのは埋もれがちです。暴力団抗争も、勝った側、巨大組織の視座に立つことが多い。でも敗れた側にも、名分や大義がある。敗者の美学ではないけれど、そういったものに惹かれる自分がいることは、間違いないですね。

――作品を拝読して驚いたのは、冒頭で、日岡が本当に県北の駐在所に飛ばされていることでした。

柚月 うーん……これは『孤狼の血』のラストの年表にそう書いちゃったので、続編を書くにあたって、困ったことになったなというのが率直な気持ちでした(笑)。一介の駐在にすぎない日岡を、どう大規模な抗争に絡ませていくか。それが頭痛のタネで。

――舞台の大半は、平成二年春から秋にかけての広島県北の、のどかな田舎町です。そこに、激烈な暴力団抗争と緊迫感あふれる警察小説的興趣を構築するという点では、大変なご苦労があったと思います。

柚月 プロットの段階で、プロローグとラスト、クライマックスのシーンは固まっていました。物語をどう紡いでいくかには腐心しましたけど、キャラクターの一貫したイメージに助けられましたね。

――プロローグとラストには痺れました。が、それ以上に昂奮させられたのが、クライマックスの立てこもりシーンです。

柚月 あの場面は書いていて非常に楽しかったです。

――一同揃っての敬礼シーンは感動的で、思わず目頭が熱くなりました。
 本作では前作に出てきた志乃の女将、晶子や二代目尾谷組組長・一之瀬守孝、瀧井組の瀧井銀次など、お馴染みのキャラクターも登場しますが、国光寛郎を筆頭に、他にも魅力的な人物がたくさん出てきます。ご自身で最も思い入れの深いキャラクターは?

柚月 もちろん、国光が一番ですが、それ以外だと、祥子ですかね。

――日岡が非番の日に家庭教師をすることになる女子高生ですね。

柚月 はい。多感な年頃の少女の微妙な心の揺らぎ、機微というのは、女性なら理解していただけるんじゃないかと思っています。

――恋慕と嫉妬、それが物語に大きなうねりをもたらします。ただ、私としては、兵庫県警の不良刑事、千手が実にろくでなしで印象的でした。端役に留めておくのがもったいないほど。

柚月 ありがとうございます。自分のなかでもお気に入りのキャラで、もう少し物語に絡ませようかと、ちらりと思いましたが、端役であるからこそ引き立つ、と考え直してそのままにしました。

――『盤上の向日葵』の真剣師もそうですけど、ろくでなしのダメ男を描かせると上手いですね。

柚月 過分なお褒めの言葉(笑)、ありがとうございます。男くさい小説ってよく言われるんですけど、頭が基本的に男性脳というか、オヤジなんですね。だからじゃないでしょうか。

正義と仁義の狭間で

――『孤狼の血』のテーマは「裏の正義」でしたが、本作のテーマは?

柚月 そうですね、「正義と仁義」、でしょうか。正義と仁義は一文字違うだけですが、意味合いは大きく異なってくる。なにが正義で、なにが仁義か。百人いれば百通りの正義があるし、仁義もそれぞれの立場によって言い分がある。自分なりにそのあたりを意識して書いたつもりです。日岡も正義と仁義の狭間で葛藤することになります。

――国光は被告人の意見陳述で、こういう趣旨のことを述べています。「(四代目暗殺は)ヤクザとしてやらなければいけない当然のことをやったまでだ。だが、亡くなった人の冥福は祈る。それが仁義というものだ」。痺れました。

柚月 ありがとうございます。これはモデルの人物が、実際の裁判で述べたことを参考にしています。私が国光(のモデル)に強く惹かれたのは、これがあったからこそ、です。意志の強靱さを感じるというか、そういう生き方、信念の人物なんですね。だからこそ、敵対した組織からも尊敬されている。

――『孤狼の血』を『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』とするなら、『凶犬の眼』は『昭和残侠伝』や『日本侠客伝』の雰囲気が漂っています。大上が菅原文太さんなら国光は高倉健さんですね。

柚月 それは少しイメージしました。国光は、同じ健さんでも『網走番外地』に登場する若かりし頃のイメージですが。

――なるほど。国光には独特のユーモアや茶目っ気がありますものね。国光の影響を受けて日岡もまた一段階、成長しています。

柚月 実は、一番迷ったのがそこなんです。日岡をどう成長させるか。大上の血を受け継いでも、日岡は大上とは似て非なる人格の持ち主です。大上と同じでは決してない。日岡の成長をどの程度まで描くか。そこに頭を悩ませました。

――青臭さや正義感をある程度残したわけですね。

柚月 版元さんから三部作にしてはどうか、というお話を前々からいただいていて、完結編で日岡の成長を描き切りたいという思いはありました。

――新聞連載の『暴虎の牙』ですね。どういった構想なんでしょうか。

柚月 大上の過去と日岡の現在を、ある人物を中心に置いて描いていくつもりでいます。それぞれ違う時代を舞台に、大上と日岡がだいたい同じ年頃という設定で、二人の共通点と相違点を描けたらいいなと。

――最後に、これからの執筆予定を聞かせてください。

柚月 まずは新聞連載の『暴虎の牙』に集中して、あと不定期で『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』(講談社)のシリーズの短編をwebメフィストに書くことになっています。それから検事・佐方貞人シリーズの短編集をなんとか今年中に。ほか、もろもろですが、いま確実に言えるのはこのくらいですね。

――おお、佐方とまた会えるんですね! それは楽しみです。

柚月 あくまでも予定、ですけどね。読者の皆さんの期待に添えるよう、精一杯、頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

 * * *

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ。岩手県出身。山形県在住。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。近著に『盤上の向日葵』などがある。

取材・文=茶木則雄 撮影=ホンゴユウジ ヘアメイク=国府田雅子(barrel)

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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