前作に勝るとも劣らぬ、ド直球の、圧倒的エンターテインメント

レビュー

10
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凶犬の眼

『凶犬の眼』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041049556
発売日
2018/03/30
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

前作に勝るとも劣らぬ、ド直球の、圧倒的エンターテインメント――【書評】『凶犬の眼』茶木則雄

[レビュアー] 茶木則雄(書評家)

 大ヒットした小説の続編を書くのは難しい。日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)にも輝いた『孤狼の血』のように、骨太でインパクトがあり、ミステリ的興趣にも富んだ傑作の続編なら尚更だ。

 私見だが、傑作の続編は前作と同程度の出来では物足りないものだ。百パーセントではなく、私に言わせれば百二十パーセントの力を発揮して初めて、前作同様の満足感を得られる。新作を上梓するごとに進化を続ける柚月裕子といえども、さすがにハードルが高いのではないか。読む前は、そんな不安が頭を擡げた。

 しかし、続編『凶犬の眼』を読了して、それが杞憂に過ぎないことを悟った。本作は、前作に勝るとも劣らぬ、ド直球の、圧倒的エンターテインメントに仕上がっている。前作以上の暴力性と緊迫感――「警察vsヤクザ」小説の、新たなる傑作の誕生と言っていい。

 プロローグからして素晴らしい。真冬の北海道、旭川刑務所の底冷えする面会室。ヤクザと思しき受刑者と、互いを「兄弟」と呼び合う頬に傷を持つ面会人。カメラ目線で、ふたりの男の只ならぬ佇まいを冷徹に映し出す筆致には、もはや風格すら漂っている。謎めいた会話がなにかしらの伏線であることはわかるが、それが物語にどう絡んでいくのか。のっけから読者は、身を乗り出して展開を見詰めることになる。

 本編は平成二年、前作でお馴染みの小料理屋「志乃」で、日岡秀一がある男と遭遇する場面から幕を開ける。男の名前は国光寛郎。日本最大の暴力団、明石組四代目暗殺の首謀者として、警察と明石組が血眼になって追っている武闘派組長だった。変装を見抜き、男が世間を震撼させた事件の指名手配犯ではないか、と疑念を抱いた日岡に、国光は自ら名乗りを上げたうえで、こう言い放つ。

「わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。約束するわい」

 指名手配犯と知りながら、なぜ日岡は男を見逃したのか。また、国光の意図と目的は奈辺にあるのか。説得力ある筆致で、それらの喉に刺さった小骨を取っていく作者の技量には、まったくもって唸る他ない。

 二章では、広島県県北の駐在所に詰める日岡の日常が描かれる。事件らしい事件もない長閑な田舎町で、淡々と仕事をこなしながらも、鬱屈と焦燥を抱える日岡の内面の苛立ちを、作者は細やかな筆遣いで、見事に掬い上げていく。が、その田舎町に、偽名を使った国光が現れるところから、物語は一転、風雲急を告げる。

 ここからは息も吐かせぬ展開で、ページを繰る手が止まらない。有無を言わせず、エピローグまで一気呵成に読まされてしまう。激烈な暴力団抗争。警察とヤクザのせめぎ合い。手に汗握る迫力満点のクライマックス。息を呑むラスト。読後、多くの読者が長い溜め息を漏らすことだろう。

 前作では広島抗争がモデルとなっていたが、本作でモデルとなっているのは、山口組と一和会の、いわゆる山一抗争だ。この、日本最大の暴力団抗争を、駐在所勤務の日岡とどう結びつけていくか。これが、本書の最大の読ませどころだ。作者は、虚と実を巧みに織り合わせ、枝葉のエピソードにまで心血を注いでいる。いつもながらの綿密な取材が、抜群のリアリティを生み出す最大の要因だろう。

 本書の牽引力の第一は、何と言っても、国光の造形である。『孤狼の血』の悪徳警官・大上章吾に匹敵する濃厚かつ圧倒的存在感は、忘れ難い印象を残す。昭和の匂いを纏った残侠のヤクザ――大上が『仁義なき戦い』の菅原文太だとすれば、国光は『昭和残侠伝』の高倉健を彷彿させるのだ。

 誤解なきよう書いておくが、作者は決して、暴力団を礼賛しているわけではない。

 ――暴力団は所詮、社会の糞だ。

 のちに「ヤクザの鑑」と称される国光は、同じ糞でも例外的な、堆肥になる糞であった。

 しかしそれにしても、残侠を描いて、これほど心震わせる傑作アウトロー小説が、かつてあっただろうか。

「男」を描かせたら今、著者の右に出る女流作家はいない、と断言するに吝かでない。

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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