『サカナとヤクザ』
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漁業が死ぬ
[レビュアー] 鈴木智彦(フリーライター)
書店に本が並ぶ数日前、北海道で取材協力者が逮捕された。
犯罪者を取材していれば、さほど珍しいことではないのだが、この時の逮捕劇は立て続けだった。夜の海に潜る密漁団チーム、彼らから海産物を購入する買い屋、その背後に潜む暴力団まで、過去にインタビューをした相手が連続してパクられていった。今年、北海道警察は密漁事犯の摘発を重点目標に掲げている。とはいえ、強硬姿勢からは明らかにこれまでと違った“意志”が感じられた。
なにごとかと思っていたら、七十年間放置されていた漁業法の大幅改正がニュースとなり、密漁事犯の量刑が大幅に引き上げられると報道された。道警の強硬姿勢とリンクしていることはほぼ間違いなかった。
これまで二百万円が上限だった罰金は、一気に三千万円まで跳ね上がるのだという。こうなると犯罪者の思考は罰金を踏み倒すことが前提となるので、抑止力としての効果については疑問符が付く。ただし、これまで実質的に獲り得だった状況は大きく変わると予想される。
これまでも密漁事犯の取り締まりはあった。が、そのニュースバリューはほとんどなかったと言っていい。警察は市民が注目するだろう犯罪にリソースを注ぐ。地道な内偵捜査を続けて検挙しても、ベタ記事止まりの犯罪に本気を見せることはなかった。事実、密漁犯罪は長い間獲り得、やり得の、効率のいい犯罪だったのだ。
とある密漁団のボスは北海道某都市の朝市に海産物の店を出している。密漁品を扱っているだけに格安で、毎日、地元民やたくさんの観光客が押し寄せる。評判を聞きつけた地元テレビ局が、女性レポーターを伴ってその店を取材しに来た時、私はちょうどその街の密漁団を取材していた。
「明日、テレビが○○の店に来るらしいぞ」
「……ギャグマンガですね」
翌朝、暴力団と一緒に取材を冷やかしにいった。
「おいしぃ~。こんなに新鮮でこんなに安いなんてすごい」
この壮大な喜劇は電波に乗って全国放映された。暴力団と一緒にホテルのテレビでオンエアーを観ながら大爆笑が止まらなかった。
地元メディアはこの馬鹿げた状況に気づかぬふりを続けてきた。知らなかったとは言わせない。ちょっと考えれば、真冬の北海道で、毎日ダイビング用のボンベに酸素を充填するヤツらが怪しいことくらい容易に想像できるだろ。
九州でもウナギの稚魚であるシラスの取り引きに暴力団が関与しているのは公然の秘密である。ところが地元メディアはこれを追及せず、長年、“闇”の一言で片付けてきた。シラスの取材をしていた年、養鰻業の盛んな各県の地元新聞社が共同でウナギ取材をしていたが、シラスに蔓延る密漁・密流通の核心に関してはほとんど触れられなかった。今年、もしウナギがワシントン条約の規制を免れたら、シラスはさらなる闇に潜るといわれている。それでも地元紙は“闇”の中をのぞき込もうとしない。
たらたらとイヤミを書き続けて、地元メディアを非難したいのではない。おかげで余所者の私が存分に取材し、その成果をまとめられたのだから感謝したいくらいだ。ただもうそろそろ根本的な対策が必要だろう。
無視していたら漁業が死ぬ。本書を読み、事態がそこまで悪化していることを知ってもらえたら嬉しい。