<書評>『うらはぐさ風土記』中島京子 著

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うらはぐさ風土記

『うらはぐさ風土記』

著者
中島京子 [著]
出版社
集英社
ISBN
9784087718591
発売日
2024/03/05
価格
1,870円(税込)

<書評>『うらはぐさ風土記』中島京子 著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆暮らしのすべて つながる街

 時は流れ、街は変わっていく。本書は、東京の西部にあるという、「うらはぐさ」と呼ばれる架空の地域を舞台にした長編小説である。

 米カリフォルニア州の大学で教員をしていた田ノ岡沙希(さき)は、離婚を機に帰国し、2年前まで伯父が住んでいた古い1軒家で一人暮らしを始める。30年に及ぶ滞米生活から戻った沙希にとり、東京は様変わりしていたが、学生時代に親しんだ商店街など、30年前とあまり変わらない場所をいくつも見つけて、さまざまな人と出会っていく。

 うらはぐさ、あけび野、百舌沼(もずぬま)といった古い地名は、この街が武蔵野の一角で、かつては野原だったことを示している。伯父の家の庭に植わっているウラハグサは、別名を風知草(ふうちそう)と言う、イネ科の日本固有種だ。山椒(さんしょう)、柿の木、牡丹(ぼたん)などの植物や、小さな庭に来る鳥を眺めつつ、沙希が東京で暮らす1年間が描かれる。伯父の友人で、あけび野商店街に76年住んでいる秋葉原さんら、沙希が出会う人々は皆、魅力的だ。人のやりとり、住宅、店舗、日々の食事や動植物など、街を構成するすべてがゆるやかにつながりあい、架空の街が舞台でも、「今」の風景や心情が見事に描き出されている。

 また、今だけではなく、過去も、街を織りなす大事な要素だ。30年ぶりに東京で暮らす沙希は、折に触れて、亡くなった伯母や母を思い出す。戦争の跡も土地のそこかしこにある。歴史をたどり、数々の思い出と結びついたうらはぐさに改めて親しむ沙希だったが、この街にも再開発の波が押し寄せていた。

 <残すか残さないか、伐(き)るか伐らないか、壊すか壊さないか。/そうした問題はいつも、いまも、あらゆるところに顕在している>。人々の記憶が息づく場所を、未来へどう受け継いでいくといいのだろうか? 誰にとっても大切な問いを含みながら、ユーモアがあって、読み心地がよく、小説の楽しさを味わえる物語だ。こんなところに住んでみたい、なくしたくないと思う。じつに魅力的な、街と人々が描かれている。

(集英社・1870円)

1964年生まれ。小説家。著書『小さいおうち』『やさしい猫』など多数。

◆もう一冊

『荻窪風土記』井伏鱒二著(新潮文庫)。東京・荻窪に移り住んだ作家の自伝的長編。

中日新聞 東京新聞
2024年4月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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