とにかく良い作品を集めたかった――ジェイ・ルービン[編]村上春樹[序文]『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』

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ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29

『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』

著者
ジェイ・ルービン [編集]/村上 春樹 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103534365
発売日
2019/02/27
価格
3,960円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

とにかく良い作品を集めたかった

[レビュアー] ジェイ・ルービン(ハーバード大学名誉教授・翻訳家・作家)

 二〇一三年九月、英国の大手出版社ペンギン・ブックスの編集者サイモン・ウインダーからメールが届き、近代・現代日本の短編小説集を編纂しないかとの誘いがあった。最初、私はこの仕事を引き受けることを躊躇(ちゅうちょ)した。なぜなら過去二十五年間にわたって村上春樹の作品にかなりの時間を費やしていたため、「日本文学」という、より広い分野の動向を追うことをすっかり怠(おこた)っていたからである。しかし同時に、少なくともその埋め合わせを試みるのも悪くないと思い、数週間後、サイモンに仮の目次を含めた企画書を送った。

 当初は年代順に短編を並べようと考えた。頭に浮かんだ作品群は、国木田独歩、夏目漱石、芥川龍之介の研究や翻訳、また戦前日本の文学検閲の研究(『風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲』世織書房、二〇一一年)のために親しんだ一連の作品だった。最初のリストにあった二十八作品中、最終的に残ったのはわずか十三作品。樋口一葉、島崎藤村、田山花袋、徳田秋声、志賀直哉、井伏鱒二、太宰治、坂口安吾、小島信夫、大江健三郎などの作品には優れたものが多かったが、3・11の震災を考慮して選ぶ作品を変えることとなった。

 この企画は二〇一三年に始まったので、二〇一一年三月一一日の記憶は当然まだ鮮明であり、東日本の大地震、津波、原発事故を反映した作品群で本を締めくくることを思いついた。作品を年代順に並べたとしても、東日本大震災をめぐる作品は自然と本の終わりに来るはずである。しかしこの大震災を歴史的現象として考え始めると、日本を襲った他の災害や惨事と一緒にまとめたいという思いが強くなり、本の最後のセクションは、一九二三年の関東大震災から始まり、一九四五年の広島と長崎の原爆投下を含む、「災厄 天災及び人災」として、まとめることにしたのである。

 一九八〇年代初頭、江藤淳教授のもとで占領期の文学検閲に関する研究をしていた頃、大田洋子や原民喜をはじめとする広島・長崎出身の作家による作品を多読した。そして、それまでアメリカ人の近代日本文学研究者として、原爆について読むことを避けていたことに気づかされた。この本能的な回避の根底にある、アメリカは罪を犯したのだという思いを自覚するようになると、原爆をめぐる作品をできるだけ読むことが、私にとって贖罪の行為になった。第二次世界大戦中のアメリカ人による日系アメリカ人の迫害を描いた小説『The Sun Gods』(日本語版:『日々の光』新潮社、二〇一五年)を執筆したときも、その当時読んだ書籍を大いに参考にして、長崎の原爆投下についての章を含めた。また、広島と長崎で起きた身の毛のよだつような事実を回避するすべを見出していたのはアメリカ人の私だけでなく、日本の批評家や一般読者も同じだということに気づいた。「原爆文学」という名称をつけ、日本文学の中の特殊なカテゴリーとしてまとめてしまえば、メインストリームから切り離し、都合よく避けることができるのだ。アメリカ人が落とした原爆がその下にいた人々にもたらした惨事を描いた作品を読むことは、アメリカ人にとって重要である。同様に、日本の読者にとっても、そうした作品を文学の主流の一部として、近代日本人の体験を理解する上で不可欠なものとして扱うことも等しく重要だと思う。

「災厄 天災及び人災」の章がまとまると、作品を年代順に配置することはもはや適切とは思えなかった。そもそも私は、西洋の読者に近代・現代日本文学の発展を解説する簡潔な年代記を提供するつもりはなく、とにかく良い作品を集めたかった。それらは長年にわたり私に大きな感銘を与え、西洋の日本文学研究者に、膨大な時間とエネルギーを費やしてでも母語たる英語に翻訳したいと思うほど強いインパクトを与えてきた作品群だ。そこで、時系列よりも重要なのは「作風」と「主題」であると考え、レンタルビデオ屋の陳列方法に倣って、目次にあるようにテーマ別に七つのグループに分類した。

 村上春樹はすでに、私が発表した三作品『Rashomon and Seventeen Other Stories』(2006,日本語版:『芥川龍之介短篇集』新潮社、二〇〇七年)、夏目漱石『三四郎』英訳(2009)、夏目漱石『坑夫』英訳(2015)に序文を書いてくれている。いずれの場合も、みっちり下調べをしてくれて、入念なリサーチと深い思考が反映された序文を完成させた。そして四冊目となる本書の序文を書くことも快諾してくれたわけだが、きっとその仕事の膨大さにいささか驚いたと思う。しかし、今回もまた期待を裏切らず、洞察力に満ち情報も詰まった文章を寄せてくれた。日本の読者にも、本書の編纂と序文に注がれた努力と献身を感じ取っていただければと思う。

本書「日本版のあとがき」より

新潮社 波
2019年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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