【自著を語る】歯医者さん大好き――和田はつ子『口中医桂助事件帖 さくら坂の未来へ』

レビュー

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口中医桂助事件帖 さくら坂の未来へ

『口中医桂助事件帖 さくら坂の未来へ』

著者
和田 はつ子 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784094066234
発売日
2019/04/05
価格
702円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

歯医者さん大好き

[レビュアー] 和田はつ子(小説家)

虫歯で命を落とすこともあった江戸時代において、庶民に歯の大切さを説いた藤屋桂助。2005年から続いた、和田はつ子さんの大人気シリーズ「口中医桂助事件帖」がシリーズ16作目にして、ついに最終巻を迎えました。「最終巻ではご納得のいくようにしますから」と読者の方に答えたことがあるそうです。最終巻を上梓したばかりの和田はつ子さんにお話を伺いました。

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「歯をみがきましょう」「歯を大切に」というポスターや声がけは、誰もが何度も見たり聞いたりした文言です。これも啓蒙活動の一環として大切ですが、それよりも小著「口中医桂助事件帖」全十六巻を読むべし! 読んでいるうちに必ずや歯の持つ重要な役割に気付きます。このシリーズを書くために取材し、物語を紡いでいるうちに歯みがきのテクニックが上達し、現代の歯科医療への尊敬の念が増してきた私には断言できます。

“口中医”という言葉は現代の口腔外科と歯科医を兼ねた明治以前の言葉です。といってもアメリカ発の安全な麻酔の基礎が確立したのは一八四六年でしたので、それまで世界では長きに亘り口中用の麻酔は存在していませんでした。ようは現代のような治療はできなかったわけです。

 それまで先進国だった西欧であっても、不具合がある歯を抜き、痛み止めに薬(日本では煎じ薬)を処方するのが主でした。日本では現代の歯ブラシに相当する房楊枝というものがあり、歯周病に効き目がありました。

 木床義歯と呼ばれていた、食べ物を咀嚼することのできる精巧な入れ歯さえもありました。また当時の女性たちは結婚すると、鉄漿水とも呼ばれる液体で歯を染めました。お歯黒といいます。結果、女性の方がむし歯にならなかったそうです。現代の感覚では不気味としか思えない黒い歯並びに、むし歯予防の効果があったなんて驚きです。リアリティをめちゃくちゃ追求する映画やテレビでない限り、女優さんがお歯黒をすることは稀なので、今ではなかったことになりつつあります。

 このように、史料を読んでいると、思い込んでいた教科書通りに人々は暮らしていないことが分かり、そこに架空の人物が躍る余地があることに気が付きました。

 そこで、「口中医桂助事件帖」シリーズの主人公、桂助は十二代将軍の落とし胤としました。出生の秘密を知っているのは桂助の養父母と将軍側用人だけのはずだったのですが、巻が進むにつれ、或ることから悪党に知られてしまい、利用されそうになります。ここで、私は桂助に落とし胤の証を捨てさせました。桂助には、患者さんを助けたいという強い信念を持ちつつ、医療技術を磨き、己の力だけで人生を切り開いていって欲しかったからです。そのため、ややもすると桂助の人物像が堅苦しくなってしまうことが予想されましたので、町医者の娘で幼馴染の志保、桂助を敬愛している房楊枝職人の鋼次を配し、まとめ役として将軍側用人岸田正二郎を加え、この人物たちと共に、降りかかる難事件を解決に導く事件帖の体裁にしました。

 そんなわけで、一巻、一巻で一つの事件が解決するので、どの巻を手に取っていただいても読者には満足していただけると自負しています。

 桂助が歯科医療技術の研鑽を積み、患者さんに寄り添った医療を模索している姿を横糸にし、事件を縦糸にしましたが、もう一本の横糸に志保との恋愛も加えました。無論、そのつもりで配した人物でしたが、桂助が真面目一方で、歯科医療のことしか眼中にないので、この先どうなるのかという質問を読者から頂いた時に、もう少し待ってください、最終巻ではご納得のいくようにしますからと答えたことがあります。志保という人物は江戸時代には珍しいアイデンティティーを持った、それでいて出しゃばることのない女性に描いたので、ファンがいてくださったのだと感謝しています。

 時は移り、江戸時代終了のカウントダウンが始まると、桂助の最新技術を学びたいという学究の風船は大きく膨れ上がりパンク寸前となります。さてどうなるでしょうか。最終巻ではそのことを中心に書きました。世が風雲急を告げている中でも桂助の頭の中は患者さんのことばかり。そのうえ、不可解な事件に巻き込まれてしまいます。鋼次は? 岸田は? 歯草(歯周病)に苦しむ奉行所同心友田は?

「口中医桂助事件帖」シリーズ最終巻「さくら坂の未来へ」は現在絶賛発売中です。是非ご高覧ください。

小学館 本の窓
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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