「蚊」に取り憑かれた女性研究者の頭の中 蚊の図鑑まで作った経緯を聞いた

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愛と偏見に満ちた蚊の解説書『あなたは嫌いかもしれないけど、とってもおもしろい蚊の話 日本の蚊34種類図鑑付き』刊行インタビュー

[文] 山と渓谷社


左が顔出しNGの三條場先生。(イラスト=牛久保雅美)

蚊に成り代わって蚊を熱く解説する珍書、『あなたは嫌いかもしれないけど、とってもおもしろい蚊の話 日本の蚊34種類図鑑付き』の刊行に際し、蚊の魅力に取り憑かれ、蚊を愛し、蚊に魂を捧げた女性蚊学者、東京大学大学院応用免疫学教室の三條場千寿先生に話を伺いました。

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──「かゆい」「耳元でうるさい」「病気を持ってくる」……などと嫌われ者の代表格とも言える蚊ですが、そもそも一体どこが魅力なのでしょうか?

三條場 それはもう断言します、美しさです。

──美しい!? 普通はあの白黒の模様の蚊を見るだけで痒くなりそうですが……。ちなみにこの本には34種類の蚊が載っていますが、三條場先生の1番オススメの蚊はどれでしょうか。

三條場 トワダオオカですかね。比較的大きい蚊ですが、見た目が美しく、人の血は吸わず花の蜜や樹液だけを吸います。他にも、本の中でペットとしてオススメの種も紹介しています。人間の血は吸わず両生類の血を吸うのもいるので、カエルなんかとセットにして飼うのがオススメですね。


「美しい!」と三條場先生がおっしゃるトワダオオカ。(イラスト=朝賀仲路)

──人の血を吸わない蚊もいるんですね! それは初耳でした。それでも蚊をペットとしてはちょっと難しいかもしれません……。ところで、先生が蚊に目覚めたきっかけは一体なんだったのでしょうか?

三條場 もともと私は寄生虫の研究が専門で、病気を媒介する昆虫を研究していたりするのですが、実際に蚊に目覚めたのは西表島に行った時です。西表って本州では見られないような蚊がたくさんいるのですが、そこでいろんな蚊を見ているうちに、こんなに蚊って形や生活が多様なんだって気づいて、そこで蚊って面白いぞと思いました。蚊の幼虫(ボウフラ)がいる場所って、田んぼだったり、木の穴やマングローブの乾いたところにあるちょっと水が溜まったところだったりと種類によって出てくるところが違うんですね。それで、いろんな所から幼虫を取ってきて、小さなプラスチックケースで飼育して、成虫は何が出てくるのかなーって観察していました。それに、幼虫の顔って目が丸々していて、すごいかわいいんですよ。今回、残念ながら本には幼虫を載せられませんでしたが……。

──かなりマニアックな話になってきましたね。戻りますが、この本は「愛と偏見に満ちた蚊の解説書」とある通り、まさに異端中の異端な本かと思います。なぜこのような本を作ろうかと思ったのでしょうか。

三條場 蚊は形態学的に美しいって気がついてから、この美しさをみんなに見てもらいたい――それで蚊の図鑑はずっと作りたいと思っていて。蚊の研究者で今回の著者である比嘉(由紀子)さんと沢辺(京子)さんに声をかけて、5年前から準備をしていました。まずは全国の皆さんに蚊についてのアンケートをお願いしましたね。

──本文では、そのアンケートに書いてあった質問に「蚊として」答えていますね(笑)。

三條場 そうです、そのアンケートです。アンケートでは本を作るために皆さんが蚊をどういう風に思っているのか、また蚊に対する疑問なんかを聞いて今回本の中でお答えしています。で、そのアンケートには日本に蚊は何種類くらいいると思いますか? という質問が最初にあったんです。そしたらほとんどの人が1種類か2種類、多くても5種類とか10種類と答えていて! あまりにも蚊の種類について知られていないことにショックを受けて、ますます図鑑を作らなくちゃって。蚊であってもこんなにたくさん種類があって、種類が違えば生き様も違い、個性もある、何より美しい。カユイとかウルサイとか色々あるとは思いますが、そこだけはどうしても伝えたかったです。

──この本には3名の著者がいますが、本文中に「蚊の姉妹」とあるように全員が女性の、しかも蚊の研究者ですね。3人はどういった関係なのでしょうか。

三條場 沢辺さんと比嘉さんは国立感染症研究所の研究者です。私とは以前から学会でお会いしていたのですが、寄生虫から蚊の世界に入った私と違って2人はずっと蚊を研究していて、蚊について私より全然詳しいです。そういえば前に比嘉さんたちと長崎に行った時に、とあるビルの上の方がエメラルドグリーンに光っていて、「あれめっちゃキンパラ(キンパラナガハシカ)じゃない!?」って盛り上がって、その場にいた他の人はポカン、みたいなことがありましたね(笑)。図鑑を読むことでそんな楽しみ方もできますよ。


実在の蚊の三姉妹。顔出しはNG。(イラスト=牛久保雅美)

──それは相当な上級者じゃないと難しそうな楽しみ方な気がします……。最近では理系女子、いわゆるリケジョという言葉は浸透しつつありますが、ただでさえマニアックな虫の世界。女性だけでこの本を書いたことに何か意味はあるのでしょうか。

三條場 そうですね、著者が女性だけというのはすごくこだわりました。イラストレーターも女性です。アンケートを配った人も全員女性。蚊とか昆虫とかって今でも男性のイメージじゃないですか。だけど男性だけじゃなくって、女性が見ても美しいと思うもの、それに女性でも子供でも楽しんでもらえるような図鑑にしたい。そういうわけで、蚊の綺麗さを一番に伝えるには関係者は極力女性がいいだろうと。

──その辺りはイラストにも現れていますね。図鑑部の蚊はリアルですが、嫌な気持ちになるほどのリアリティはなく、不思議と美しさを感じます。

三條場 イラストは本当に悩みましたね。デフォルメするとか色々な案がありましたが、最終的にはこの形に落ち着きました。あと、蚊のイラストは全部「お腹のシマシマの節は白が1/3出ているか」「脚の第三節が白!」などなど、蚊の世界的分類学者である比嘉さんの地獄のチェックを受けて描かれています(笑)。イラストレーターの朝賀さんには本当によく付き合っていただきました……。

──ところで、蚊が病気を運んでくる、ということは日本ではあるのでしょうか。

三條場 ありますね。たとえば日本脳炎はブタの持っている病原体をコガタアカイエカが媒介して発病する病気なんですが、これについてはほとんどの人がワクチンを接種しています。それに国立感染症研究所の方々がブタやコガタアカイエカが保持しているウイルスの量をずっとモニタリングしているんです。だから、普通に暮らしていたら日本では蚊によって病気にかかるということはほとんどないです。年配の人は蚊を怖がるけど、全部怖がる必要はない。人の血を吸わない蚊もいっぱいいるんです。だからこの本をきっかけに、蚊って一口で言っても色々あるんだなっていうのが日本に広がって、蚊に対する偏見を取りのぞいていければ嬉しいです。まずは蚊に吸われているのを発見したら、すぐには叩かず、この子はどんな蚊かな? ってじっくりと観察してみてくださいね。

──うーん、でも刺されるのを黙って見ているのはイヤですね……。ですが、機会があれば気にしていきたいです! では、最後に読者に一言お願いします。

三條場 とにかく蚊に対する偏見などは一度置いてもらって、手に取って読んで欲しいです。それでぜひ興味を持って蚊の観察をしてもらって、こんなところにこんな蚊がいた! という情報を全国から教えてくれたら嬉しいですね。

山と溪谷社
2019年9月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

山と溪谷社

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