人はなぜ逃げおくれるのか? 西日本豪雨の被災者から学ぶ災害時の行動

インタビュー

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【聞きたい。】人はなぜ逃げおくれるのか? 谷山宏典さん『ドキュメント豪雨災害 西日本豪雨の被災地を訪ねて』

[文] 山と渓谷社


豊富な登山の経験をもとにノンフィクションジャンルで幅広く活動する谷山宏典さん

 平成30年7月に発生した「西日本豪雨」から間もなく1年が経とうとしている。各地で記録された観測史上最大の豪雨がもたらした土砂災害、浸水被害は今も記憶に新しい。大きな被害が出た広島県では、避難勧告・指示が236万人に出された一方で、避難所への避難は1%未満だったという数字がある。

 平成最悪の水害がもたらした200名を超える死は避けられないものだったのか? また今後、西日本豪雨のような災害級の豪雨が発生した際、どうすれば被害を防ぐことができるのか? 豪雨災害のツメ跡がいまも残る被災地を訪ね歩いたルポライターに話を聞いた。

多くの命が失われた災害を振り返る

――被害規模が非常に大きい災害でした。取材が広範囲に渡り大変だったのではないですか?

 豪雨災害の現場で実際どんなことが起こったのか、被災者にインタビューするにあたって、「なぜ逃げ遅れたのか?」について仮説を持って臨みました。というのは、避難情報が出されていたにもかかわらず適切に避難することができず、結果的に孤立して救助されたり、被害に遭って亡くなった方もいる、その理由を明らかにしたかったからです。専門家の話も聞きながら、取材を進めていきました。

 また取材しながら見えてきたことですが、「どうすれば豪雨発生時に迅速に避難できるか?」に加え、災害後の地域コミュニティの再生、そして個々人の心の復興ということも、災害を生き延びるうえでは大きなテーマであることに気づき、その実例を取材していったのです。

――取材してみて、被災者からはどんな印象を受けましたか。

 取材をさせていただいた被災者の方たちは、意外なほどに明るく前向きに話をしてくださいました。なかには家族を亡くした方もいたのですが、それでも自身の悲しみや苦しみを自らの言葉でしっかりと語ってくれました。そうした姿からは、生きる意志、災害によって意気消沈するだけではなく前向きに生きていこうという印象を持ちました。

 一方で、一口に「被災者」といってもその状況は千差万別で、整理できない想いを抱えたまま、地域の人たちとの交流を取り戻せない人もいると聞きました。

 取材を受けてくださった方々は、「取材を受ける」ということ自体、外に対して開いていることなので、まだまだ生活の再建の途上ではあるものの、気持ちは前を向いているのだと思います。でも、そうじゃない人ももちろんいるわけで、「被災者はこうだ」と一概には括れない面はあります。

――被災地の外にいると、被災者に対してステレオタイプなイメージを持ちがちですが、必ずしもそうじゃないわけですね。

 岡山県倉敷市の真備町川辺地区で活動を行なっている、「川辺復興プロジェクト あるく」を取材したときは、当日事務所内にいた3、4人の女性スタッフのあまりの明るさにこちらが驚いてしまいました。

 インタビューしたとき、思わず「どうしてみなさん、そんなに楽しそうなんですか?」と聞いてしまったほどです。彼女たちは「私たちは怖い思いをしてないからなんですよ」と言うんですが、よくよく災害時の話を聞いてみると、家は2階まで浸水しているし、避難中にそれなりに怖い体験はしているんですよ。

――なぜ怖さを感じられなかったのでしょうか?

 被災者それぞれの状況もあるでしょうが、「災害に遭っている」という実感をあまり持てなかった面があるようです。災害後に炊き出しなどの地域の活動をやっているにもかかわらず、いまだに「現実感がない」「ずっと夢を見ているような気持ち」とも言っていました。

 それは家族や身近な人が被災して亡くなっていないからかもしれませんし、あるいは強い実感を持ちすぎてしまうと精神的なショックが大きくなるため、「正常性バイアス」が働いて、現実と距離感を置くことでバランスを取っているのかもしれません。

取材を進めながら「仮説」のズレに気付かされる


西日本豪雨では、冠水した住宅からヘリで救助される人もいた。(本書より引用)

――話は少し戻りますが、取材にあたってはどんな「仮説」を持って取材に臨んだのですか?

 たとえば、避難率の低さの背景にあるものとして、「避難情報が届くのが遅かったからか?」「自分だけは大丈夫、と思いたがる『正常性バイアス』のせいか?」「砂防ダムなどインフラの問題か?」「そもそも居住地に対する知識や危機感がなかったせいか?」などのことを考えていました。

――仮説に基づいて取材を進めた結果、どんなことが見えてきたのですか?

 もっとも大きなところでは、取材をするまでは「危険を感じたら避難するのは簡単なのでは?」と思っていたのですが、そもそも避難行動は簡単ではないということです。

 災害心理学を専門とする広瀬弘忠さんによれば、避難行動にはさまざまな要因が複雑に関わっているそうです。「人はなかなか動かない動物」であり、「適切な避難は実は難しい」と広瀬さんは言います。

――避難は単純ではない、と。

 ええ。正常性バイアスや同調性バイアス(人と同じ振る舞いをしがちな傾向のこと)などの心理的な要因もありますし、身のまわりの状況がめまぐるしく変わる中、状況の変化を正しく評価して適切な行動に結びつけることも容易ではありません。

 倉敷市真備町川辺地区の被災者の方は、北へ2キロほど離れたところにあるアルミ工場の爆発がきっかけとなって、自宅を出て避難をしています。もしこの爆発がなければ、多くの住民は自宅の上階に逃げるだけにとどまり、その後の浸水によって自宅に取り残される人の数はもっと多くなったはずです。

――本の中では、避難した人も、スムーズな避難ができなかったと書かれていますね。

 ある人は、危機感を覚えて自宅を離れたにもかかわらず、避難所に入れなかったことなどもあり、その後に地区内を車でぐるぐる回り、何度か自宅に戻っています。逃げなきゃと思って行動は起こしているのに、上手く逃げられていないのです。

 真備町有井地区の特別養護老人ホームの施設長である岸本さんは、迅速な判断で、浸水が発生する前に入居者の高齢者全員を系列の施設に避難させて、新聞報道では避難の成功例として報道されていました。しかし、実際に話を聞くと、うまく避難できたのは入居者のみで、「自分たちスタッフは逃げ遅れ、ほとんど何もできなかった」とおっしゃっていました。

――新聞報道だけではわからないことも、取材を通していろいろ見えてきたわけですね。

 被災者の方たちの話を聞けば聞くほど、私の中でも「適切な避難は難しい」という思いが強くなっていったんです。

速やかな避難をする方法

――速やかな避難を実現するにはどうすればいいのでしょうか?

 いざというときの判断・行動のルールを、事前に決めておくことが大切だと思います。

 夫婦や家族、地域で、「避難勧告が出たら避難する」「予想降水量が何ミリだったら避難する」と避難行動を起こす基準を決めておき、大雨時にはその「決めたこと」に基づいて行動する。あらかじめ判断・行動のルールを決めておき、それに基づいて、ある意味システマチックに動いた方が確実に動けると思うのです。

――そうしたルールはどのように決めればいいのですか?

 自分が暮らしている地域の過去の災害記録を調べたり、自治体が公開しているハザードマップを確認し、それを元に考えていきます。

――ところで「避難訓練」は意味がありますか?

 地域、学校、職場などで集団避難する場合、やはり事前にそれなりに訓練をしておかないと、いざというときにスムーズには動けないと思います。でも、形だけの訓練では意味がないのも事実です。西日本豪雨後の広島市のアンケート調査を見ても、避難訓練への参加が必ずしも災害時の避難行動につながっていない、という結果が出ています。

 もし避難訓練をするなら、地域の特徴などを踏まえて、それに則した訓練をしたり、夜間や降雨時などあえて環境がよくない中での訓練をした方が、実効性のあるものになると思います。

登山経験を通して気づいたこと。


岡山県総社市下原の避難所では行政の出張所が設置され、被災者の便を図った

――谷山さんは大学山岳部出身で、ライターとして登山や自然の分野での取材や執筆経験も豊富にお持ちです。その視点から気づいたことはありますか?

 大学山岳部時代には、計画の重要性を徹底的に叩き込まれました。

 山では、たとえば、頂上を目前にしながら、天候が悪化したり、メンバーが体調不良になったりして、「このまま進むべきか、引き返すべきか?」と判断に迫られることも多い。そんなとき、状況を過小評価して「たぶん何とかなるだろう」とあいまいな判断で突っ込んでしまうと、遭難が起こるリスクが極めて高くなります。そうした状況に陥ることを未然に防ぎ、チームとしての意思決定や行動を迅速に行なうためにも、事前の計画や判断基準の明確化は不可欠なのです。

 そうした山登りを通じて培ってきた考え方は、「適切な避難のため、事前に判断・行動のルールを決めておく」ということにもつながっているのではないでしょうか。

 避難のルールをあらかじめ決めておくことは、防災科学技術研究所の三隅良平さんから教えていただいたのですが、その考え方がすっと自分の中で腑に落ちたのも、これまでの登山経験があったからだと思います。

コミュニティづくりの大切さ。

――取材を通しての結論として「人と人とのつながりの大切さ」を強調されていることが印象に残りました。

 そうした結論に至った背景には、取材をした被災者の方々が口々に「地域のつながり」について語ってくださったことが大きかったです。

 広島市安佐北区の新建団地では、2014年の土砂災害後にITを駆使した先進的な安否確認システムなどを構築していますが、自治会長の梅野さんは「システムだけではダメ。システムを有効に機能させるためにも、日頃の関係性が大事」とおっしゃっています。

 自主防災組織の役員が住民を誘導して、ひとりの犠牲者も出さなかった総社市下原地区でも、取材を通じて住民同士の強いつながりが見えてきました。

 土砂災害で息子を亡くし、深い悲しみに沈んでいたある女性の被災者は、つながりを持てた〝ふたりの人〟と〝ひとつの場所〟が災害後の日々を生きる支えになったそうです。詳しくは本の中で書いていますが、彼女が語ってくれた話は個人的にもっとも印象に残るエピソードでした。

 災害に見舞われた被災者にとって、情報も、食事や物資も、経済的な支援もどれも必要なことですが、何よりも大事なのは人とのつながりなのではないか。人は人によって救われる――それは取材を通じて、強く感じたことでもあります。

インタビュアー:岡山泰史

山と溪谷社
2019年7月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

山と溪谷社

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