日本人は笑うのが下手なのか? 椎名誠と小林信彦が語る「笑い」の現代史

対談・鼎談

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超人探偵

『超人探偵』

著者
小林信彦 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101158075
発売日
1984/01/01
価格
484円(税込)

書籍情報:openBD

唐獅子株式会社

『唐獅子株式会社』

著者
小林 信彦 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101158013

書籍情報:openBD

【「波」名対談撰】小林信彦×椎名誠・対談 パロディ=感性のリトマス試験紙

[文] 新潮社


椎名誠さんと小林信彦さん(右)

【名対談撰】小林信彦×椎名誠・対談「パロディ=感性のリトマス試験紙」

「ヒッチコック・マガジン」の編集長を経て、『日本の喜劇人』などの評論でも知られる作家・小林信彦と、「本の雑誌」創刊後、文筆家として注目を集め始めた椎名誠。共に雑誌編集長を経験した二人が、日本の「パロディ」に対する違和感を語る。以下は、読書情報誌「波」(1981年3月号)に掲載された対談です。

 * * *

パロディ雑誌よ恥を知れ

小林 ここしばらく、僕は、パロディという言葉が安易に使われすぎていると思っていたんです。椎名さんも近ごろの“パロディ”や“パロディ雑誌”に違和感をもって、それにしつこくこだわっていらした。それであなたとならば、パロディを話題にして話が通じるんじゃないかと思いました。

椎名 恥じらいもなく間違ったものを誇示するような世界が、僕は大嫌いなんです。で、逆上しやすいタイプなものですから、パロディ雑誌よ恥を知れ、みたいなことを書き散らしました。パロディというのは未だ市民権のない世界で、その是非を決定する基準はないですよね。ある意味では、その人の判定眼、審美眼がいちばん試される世界だと思う。だからすごく好きなんです。スリリングでしてね。ところが今のパロディ状況には、全く満足できない。「これがパロディだ!」みたいなことを大上段にうたった雑誌がこのところふえてきて、よしって喜んで見てみると、裏切られる。もう逆上的に許せなくて、一人で怒ってる。疲れますよ(笑)。

小林 わかります。

椎名 では、あなたがよしとするパロディは何か、と言われると、ちょっと困ります。ロジカルにこれこれこうなって、これがよし、というのはないんです。

小林 そうです。ある出版社から「パロディとは何か」について一冊書いてくれと依頼されたけれど、そういうことはできないんですよ。つまり出てきたものについて、この辺はちょっと違う、これはいいとは言えても、それ以上説明したとたんにシラケてしまう。

椎名 パロディを百人のうち九十九人が間違えて解釈して、そのままいってしまいそうな危惧があるんです、それが僕はいやなんですね。「ザ・マンザイ」がパロディであるという短絡的な解釈を、小中学生あたりがしているという状況が現にありますから。

小林 TVジョッキーという番組の中で、〈ものまね・パロディ・ギャグ・コント〉というふうに言う。いまや、“お笑い”という言葉の置きかえになっているわけですね。

椎名 お正月だとパロディ、みたいな図式があるんです。

小林 昔の万才ですよ(笑)。一時期、昔万才今SFと言われて、正月になるとSF作家が“未来を語る”というのがあった。ところが今や……。

椎名 自分だけがわかっているという自負があるわけではないけれど、百人のうち九十九人がやってるゲラゲラ笑い、あれはパロディではないぞという抵抗感があって、で、見渡して、その辺のことを、どの部分の人がどの程度わかっているかというと、ちょっと心もとない。これが目下の状況です。そうすると少数派の哀れで、悲壮感をもちながら、それをエネルギーに転化していくという僕の好きでない世界になってしまう。パロディというのは、もっと大らかで皆でガハガハ笑いすまして、次のものに移行していく、そういうものを待望しているんです。

僕らは圧倒的少数派だった

小林 アメリカでは、五〇年代の終りに「マッド」という雑誌が当って、他にも「クラックト」とか、そういうパロディ雑誌が続々と出たんです。パロディという言葉は使ってなくて、必ずSATIREとうたっていました。日本語に訳すと諷刺ですね。それで困るのは、日本ではそれが即世相諷刺とか政治諷刺とかに短絡されてしまう。

椎名 そういう傾向がありますね。

小林 ともかく、その時「マッド」を編集していたハーヴェイ・カーツマンという男が、新しいパロディのさまざまなパターンを創り出したわけです。例えばポーの「大鴉」という詩をヒップスター(〈ヒップとスクウェア〉のヒップ、後のヒッピーにつながる)の用語で書き直したものがある。格調高いポーの詩をスラングで書き、しかも韻を踏むというルールはきちっと守っている。そのほか、映画のパロディを絵を使ってやったりとか、そういういろいろのパターンを見て、僕は感心しましたね。非常に垢抜けていて、しかもパワーがある。当時僕は二十代半ばで、「ヒッチコック・マガジン」を編集していたので、日本でもやってみようとして、最初にやったのが、その頃百何十万部か売れていた「女性自身」のパロディ。

椎名 あとで見ましたが、あれはすごい傑作です。

小林 その頃、ほかの雑誌にはパロディの頁はなかったと思う。余計だけれども、タイトルの肩にPARODYと入れて編集したんです。雑誌の中の十六頁くらいを使って、「女性自身」の表紙から終りまで全く同じように作った。谷川俊太郎さんが詩を書いていた〈旅をデザインする〉という頁は、ちょうど日活映画の全盛時だったから、〈股旅をデザインする〉としてね、そこに入れる詩はいっそ本人に頼んでしまえと依頼したら、谷川さんが乗ってくれて、自分で自分の詩のパロディを書いた。たかだか十六頁作るのに、雑誌一冊作るのと同じエネルギーがいりました。

椎名 オリジナルは十のエネルギーでできても、パロディはその十倍のエネルギーが必要なんですね。ところがいま小手先でパロディをこねくりまわしている雑誌が急増していて、その内容は惨憺たるものです。赤ん坊の股間に黒いマジックを立てて、「立て! 国際児童年」。これがパロディと思っている馬鹿がいる。高い経費をかけてカラーオフセットで印刷している。僕は哀しくなってしまうんです。

小林 昭和三十年代の半ばは、非常に限定された範囲で、雑誌もマイナーでしたが、かなり盛んだったですね。僕が感動的に覚えているのは、文春から出ていた「漫画読本」が「マッド」の漫画を、吹き出しだけ日本語にしてそのまま載せていた。

椎名 よくやりましたね。

小林 例えば「暴力教室」という映画で、地球儀を間にはさんで生徒が女の先生を追いかける場面があった。それを漫画にして、「彼女は教育に熱心なあまり、追いかけられながらも世界の地理について教えていた」というような説明がついている。で、当時、文春の池島信平さんに会った時、あれは面白いですねと言ったら、いや、あれは困るんだ、編集者が自分たちだけで面白がっているって。内容を落とせ落とせ、落とさなくては大衆性がなくなると、おっしゃってました。もう二十年以上も前ですから、仕方ないんですけれども。でも、あの頃、いろいろの芽はあったんですね。

椎名 なぜそれがうまく育たなかったんでしょうか。

小林 圧倒的な少数だったもの。今と違って読者の側の要望はさほどないんだから。さっきの「漫画読本」のものにしても、パロディとしてよりもアメリカ漫画の翻訳として受けとられていたと思う。一般にはパロディという言葉自体がないんですから。ただ一部の読者には強烈なカルチャーショックをあたえたはずです。それと、そういうことがわかる文学関係者や映画批評家の横の連繋があって、みんなうるさい人だったから、下手なことすると笑われる。シビアだったですね。今はそれがないから非常に点が甘い。あなたが怒り狂うのも当然なんです。新聞等の硬派ジャーナリズムが媚びるのもよくないですよ。先日、「朝日ジャーナル」が、ツービートはファシズムにつながる、という批判をやったけれど、久しぶりに朝日らしいアホらしさで、非常にいいことだと思う(笑)。そうでないと反対側が盛り上らない。しかつめらしい人がいるからパロディが成立するんで、私たち笑いますからやってくださいなんていうのが、いちばんよくない。

茶化していいこと悪いこと

椎名 小林さんがパロディというものに目を開かれたのは、「マッド」などをご覧になってからですか。

小林 終戦直後に、それまで輸入が止っていたアメリカ映画がどっと入ってきて、僕らはそれにちょうど十二、三歳くらいで触れた世代なんです。質の高いパロディの映画がどんどん封切られて、そういうものを見て育った。それが大きいです。あと、活字の世界では、昭和二十三年に出た『玉石集』という本ですね。たしか飯沢匡さんが副編集長だったときの、「アサヒグラフ」に載ったコラムを集めたもので、替え歌あり、文体模写あり、言葉あそびありで、僕ら面白がって暗記したりしました。レベルも高かったですね。

椎名 過去にもいろいろあったわけですね。でもそういうものはつづかないで、断続的になってしまっているんですね。

小林 日本の場合、ゲリラ戦なんです。たまたまある人がいたとか……そういう個人芸なんです。僕はあとから知ったんですけれど、いまの戯文の原型は、大半、昭和十年前後の「新青年」にあるんですね。森下雨村、横溝正史、延原謙、水谷準という四代の編集長が、あの雑誌をどんどん洗練された都会雑誌にしていって、昭和十年前後には、ものすごく面白いものが載っています。それと、僕は大学で英文学を齧ったというか、まあ匂いを嗅いだくらいですが、それもパロディにこだわる理由の一つにはなっていますね。

椎名 なるほど。

小林 小説の出発にそういう要素があるんです。近代小説の原型が、リチャードソンの『パミラ』だというのが文学史の通説ですよね。その『パミラ』というのは、大金持の家で働いていた女の子が、主人の息子の誘惑に打ちかって、その息子が心改めて女の子と結婚するという小説なんです。こんな馬鹿な話があるかって、フィールディングが反撥して書いたのが『ジョゼフ・アンドリューズ』なんですね。はじめは『シャミラ・アンドリューズ伝』って、「パミラ」の頭にShame(恥)をつけた小冊子を書いて仲間に配ったら、うけたんでそれを発展させて文学史に残るような作品になったわけです。

椎名 ええ。

小林 そういうおかしさは、僕みたいにいいかげんな学生でもわかりますよ。本来英国の小説には、パロディ精神が盛んなんです。そういうまあ基礎教養みたいなものを身につけてから、日本の小説の世界に入ったら、全く通じないわけです。

椎名 日本で、パロディ精神を溢れ出さんばかりにしている作品は余りにも少いじゃないかという淋しさが、僕にはあります。“パロディにおける不毛の構造”ですね。国民性なんでしょうか。

小林 いや、それは日本では本質的に町人的なものなんですよ。

椎名 洒落という……。

小林 洒落とか戯作も含めて、例えば忠臣蔵が出ると、それをからかったようなものが次々に出てくる。それは世相諷刺というものではなくて、なにかこわばったものに対する反動というか揶揄なんです。それは絶対に武家の発想ではない。なにか反体制的な批判みたいにとるのは間違いで、もっと衝動的なものだと思う。

椎名 ポジションは不明確であって、かまわないわけですよね。

小林 そうです。確固たるものでやれば、徳川時代には首がとぶわけですからね。明治以降になると、そういうものが正統な文学史の中で評価されなくなって、いわば地方出身者の文学が主流になる。私小説だって、あれほど“私”の姿勢にこだわるのは町人の発想ではないですよ。

椎名 パロディの要素がいわば正統的な日本の近代文学史から排除されていたというのは僕もそう思っていますが、ただ、そういう要素のあるものが、パロディと明確に意識されないながらも、多くの読者に受け入れられてきているとも思う。それは誰も体系化していないけれど、その辺で何とかしたいなと僕は思っています。いろいろ不満はあるけれど、パロディマインドが今の若い連中の中に少しずつふえてきたぞ、という気分も一方にある。江戸家猫八がニワトリの真似をするのは単なる物真似だけど、タモリが寺山修司の真似をして、その中身が似ているのはパロディで、その面白さが評価されていることを、僕は心強く感じている。だから、パロディマインドのあるなしで作家を区分けするような、そういう評価があってもいいと思う。

小林 僕が雑誌でやってたのは昭和三十年代の半ばで、こういうものが本になり出したのが四十年過ぎてからですよね。それでも筒井康隆さんの『ベトナム観光公社』が出たとき、「世の中は茶化していいことと悪いことがある」という批評が出たくらいのムードが、まだ四十年代の前半にはあったんですね。だから受け入れられるようになったのは、たかだかここ十年くらいですよ。

原典から読むかパロディから読むか

椎名 パロディの毒性が忌避されたわけですね。逆に、僕らはいまパロディを読むとき、その毒性がその小説の構成比で何%を占めるかで、判断しているようなところがあるんです。ちょっと杓子定規かもしれないけれど、評価の基準が定まらない今は、読者としては個人的にそういう物差をもたないと、なんともし難い。筒井さんや小林さんの作品は、毒性が五〇%以上ある。だから面白い。“毒がなければパロディではない”――そう思ってます。

小林 それは書いている僕自身にはわからないですね。

椎名 パロディの読者側から言うと、読んでいて、あ、これはあのパロディだなって、瞬間的に理解するわけです。俺はわかったぞ、他の奴はわからないんじゃないかなんてね。パロディというのは、自分がどのくらいその辺りのことをわかっているか、そして作者がどのくらい作者の眼で皮肉ってくれたか、そういうことを照合しながら読んでいく。知的能力を試し試される快感があるんです。他のものにない快感をもった文学世界です。ただ、原典を読んでいないとわからない面白さもあって、今この年齢になって絶望的な悲哀を感じることもあります。ですからある意味では“知的能力のリトマス試験紙”みたいな苛酷な世界でもありますね。

小林 僕はパロディというのは、原典を知らなくてもそれだけで独立して面白くなくてはいけないという考えなんです。もちろん現実にある何かに対するサタイアであって、それで終ってしまってもいいものかもしれない。ましてテレビ番組やCMをパロディ化した場合は、もとのものは時間がたてばわからなくなってしまう。しかし、もとがなくなってもやはり残るものでなくてはいけないという気むずかしい考えなんです。

椎名 こんどお出しになる『超人探偵』(一九八一年三月新潮社刊)を読むと、おっしゃることがよくわかります。僕はあまりミステリーを知らないから、ここに出てくるパロディは二〇%か三〇%しか味わえなかったと思う。『唐獅子株式会社』(右と同時期に、初めて連作を一冊にまとめて新潮文庫から刊行された)の方は始めから終りまで、さっきのリトマス試験紙の方式で楽しみました。ミステリーをもっと読んでおくべきだったと悔恨の念に駆られましたが、それはそれとして、面白かった。パロディを先に読んで、あとから原典を読むという図式もありうるんじゃないかと思いました。だから読み方としては、あれだけを独立して読むのと、小林さんの作品をよく読んでて更にパロディを意識して読むのと、幾通りかの読み方がある。グリコじゃないけれど一粒で二度おいしい……(笑)。

小林 推理小説のパロディというのは推理小説になるという宿命があって、目茶苦茶になって終る、つまり床を踏みぬくような羽目のはずしかたができないんです。それで非常に苦労しました。

椎名 あれだけオリジナリティがあってしかも本格推理を網羅したパロディというのは日本で初めてですよね。一本ならまだしも連作というのは至難のわざだと思います。だからミステリーファンにはたまらない作品でしょうね。しかし、それにしてもパロディというのは緻密で高度なものだなということを感じます。

小林 つまり、バスター・キートンが崖のふちを歩いているようなもので、一歩踏みはずすと、おかしくもなんともなくなってしまう。要するにあなたがさっきから苛立っているのは、崖っぷちのギリギリのところで、格好よく歩いてくれなければ困るということでしょう。うまく歩いて落っこちないで、あるところでピタッとポーズを決めてほしいわけですよね。

椎名 そうなんです。それで小林さんや筒井さんがうまく決めてくれたすばらしいパロディ小説なんかを読むと、ほかの小説を読んでも、芥子のないおでんを食べるみたいでいやになってしまう。

小林 あなたも極端ですね(笑)。

椎名 強烈な副作用、パロディ公害ってやつです。こういうのどうしたらいいんでしょう(笑)。

小林 ……(笑)。

新潮社 波
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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