「スカイマーシャル」という知られざる空の守護者の特殊任務の現実を描いた、麻生幾、圧巻の警察サスペンスの登場!

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QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真

『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』

著者
麻生 幾 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413848
発売日
2021/07/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

麻生幾の世界

[文] 角川春樹事務所


麻生幾

「現役警察官が一番リアルだと思う警察小説」のアンケート調査で 圧倒的1位となった『ZERO』から20年――。

外事警察やSATなど特殊部署で活躍する人々を描き続ける麻生幾さんが、 書き下ろし長編小説『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』を上梓した。

知られざる特殊任務の現実を描いた、圧巻の警察サスペンスの執筆秘話とは。

 ***

スカイマーシャルの 「自分はひとりでも戦う」という 矜持を描きたかった

――これまでも公安警察や自衛隊、外事警察などあまり知られていない専門的な世界を次々と作品の舞台にされてきましたが、今回は「警視庁東京国際空港テロ対処部隊」の特務班員「スカイマーシャル」が主人公ですね。スカイマーシャルの物語にしようと考えられたきっかけは、どんなことでしょうか。

麻生 スカイマーシャルの存在は知っていましたし、航空関係の取材もしていたので、10年くらい前から「いつか小説にしたいな」と思っていました。スカイマーシャルは究極の密室のなかでの任務なので、書く前から「一体どういうふうなストーリーになるんだろう」と、自分でもわくわくしながらずっと温めていたんです。また、書き出すときにはいつもだいたいのコンテを決めるんですが、今回は決めずに、取材したデータなどをすべてリュックサックに入れてとにかく走り出しました。自分でもわからない、驚くようなストーリーが出てくれば楽しいなと思って。

――スカイマーシャルはSATと似た部分があると思ったんですが、おっしゃるように、飛行機のなかは「究極の密室」というところが違いますね。

麻生 SATならば他に機動隊もいるし、ヘリコプターもある。支援を受ける人数も多いんですけど、今回のストーリーでは、スカイマーシャルがひとりで孤独な戦いをしなければいけない。誰も支援してくれないし、手を貸してくれないという究極の密室のなか。そこで事件が起こった場合、自分で考えて自分で行動しなければいけないので、それはスリルだなと。書いていくうちに、自分でも感動や楽しみがありましたね。

小説にかかれている以上の100%、200%にも及ぶ取材秘話

――主人公である兼清涼真の思考や行動はスカイマーシャルだからこそのものであり、それがこの作品を独特なものにしています。この主人公の人物造形は、どういう経緯でできあがっていったのでしょうか。

麻生 昨年、SATを主人公にした小説を出版したのですが、それに対比される形でスカイマーシャルという存在があるということに、前々から気づいていました。SATがチームで動く─それも射撃を行う部隊であるのに対し、スカイマーシャルはフィジカル的にもたったひとりで犯人と対決し、肉弾戦みたいなこともやらなければいけない。文中に主人公と上司の隊員との会話があるんですが、「SATとは違う。俺らには俺らの矜持、プライドがあるんだ」というところからまずスタートしました。SATとの対比のなかでスカイマーシャルの矜持があって、「自分はひとりでも戦う」と。そこに任務や仕事への、究極の思いを込めたつもりです。

――機内の描写や航空関係の専門用語、飛行機の設備についても非常に詳しく描かれていたので、できごとをよりリアルに感じることができました。保安上の問題もあり、詳細を知るのはとても大変だったのではないかと推察しますが、取材時にはどんな点でご苦労されましたか。

麻生 ある航空会社の整備工場を取材させていただいたんですが、複数の飛行機に乗って倉庫や機械室、一般の人が見ることができない部分をすべて見ました。本文中に出てくるクルーバンク、ギャレー、客席なども細かく全部見て写真や映像に撮り、ファイル化して、パソコンの2台目にそれをディスプレイしながら、さも飛行機内にいるかのような雰囲気を作って執筆したんです。でもそれは苦労というよりも、好奇心が溢れるなかでやったという感じです。ただ、この取材の最中、ファーストクラスやビジネスクラスが大きく変わってしまったんですよ。入り口にドアがついたりして、より独立性・プライバシー性が高まり、個室に近くなったんです。そのため、かすかな知り合いを辿って辿って、一昨年、もう1回その整備工場に行って、見せてもらいました。

――では、作中の飛行機は、本当にいま飛んでいる機体のままなんですね。

麻生 そうなんです。飛行機のなかの居住性は、日進月歩で変わっているんですよ。ただ、保安上の問題があるので、作中に登場させるにあたって配慮した部分が多数あります。また、機体の油圧・電気系統の取材がけっこう大変で、技術者などにインタビューをしましたが、理解するのにかなり時間がかかりました。自分でもそこまで書かなくてもいいとは思うんですけど(笑)、100%も200%以上も取材してしまったので、それのどこを使うのかを絞り込むことも大変でした。

――読んでいて、自分が同じ飛行機に乗っているかのような臨場感があったのは、綿密な取材をされたうえに、雰囲気など執筆環境を整えることまでされていたからなんですね。

麻生 この飛行機の平面図が航空会社のホームページにあるんですが、それを拡大して、全長2メートルくらいの平面図の模型を作ったんですね。そこに登場人物の印をつけて、真正面にぶら下げて原稿を書いていたんですが、実際に書くとなると位置関係などかなり難しい面がありました。担当編集者とは本当に二人三脚で、とくに飛行機内の配置ですとかは、鋭いご指摘を数多くいただき、かなり付け加えたり修正をしたりして、なんとか完成させたというのが真実です。ありがたい気持ちで一杯です。

――そのご苦労が実を結んだ作品になっていると思います。CAの動きや会話など細かい部分にも、いかにもそれらしいものがあって、途中クスッと笑ってしまうほどリアリティがありますね。そして、書き始めるにあたって「データをリュックサックに入れて走り出した」とおっしゃっていましたが、飛行機が徐々に速度を上げながら滑走路を走り飛び立っていくように、ストーリー展開が徐々にスピーディーになっていくように感じました。とくに第3章からは怒涛の展開となりますが、こういったスピード感は意識して書かれていたのでしょうか。

麻生 コンテを作らなかったので、書く前に、「200~300ページの単行本で、航空機内の話だけでもつだろうか」という危惧はあったんですよ。だから、話がのべっとしたり、くどい表現になったりしないかなと。逆に短くなったりしないかなとも考えました。その辺の緩急の調整には時間をかけましたね。メインストーリーは6時間くらいの話なので、あまりスピーディーに展開しても、すぐに終わってしまうので(笑)。

――作中では、登場人物もわれわれ読者も騙される、ある仕掛けが犯人によってなされていたわけですけれど、これが明らかになったとき、驚きとともになんとも言えないやるせなさを感じました。この仕掛けのおかげで物語が大胆になり、かつ、犯人がより一段と恐ろしい存在になっていると感じたのですが、これも意図されていたのでしょうか。

麻生 その件には直接答えていないかもしれませんが、メッセージとしてはふたつあるんです。「固定観念で犯罪者をイメージしないで」ということと、「容疑者は客室乗務員を含めて、主人公以外の全員だ」ということですね。それを考えて読んでいただくと楽しんでいただけるかなと思いました。

飛行機という閉鎖された空間にひとつの運命に導かれた人々が乗っているという感覚

――本当にどの人も怪しい。常に「この人なんじゃないか?」と思いながら読んでいたので、意図されていたところにぴったりはまっていたと思います。最後に、1冊を通してのテーマに「巡り合わせ」というものがありました。登場人物それぞれの、さまざまな巡り合わせがこの「さくら航空212便」のなかで描かれていますが、ここに込められた思いをお聞かせいただけますか。

麻生 飛行機とは閉鎖された空間です。そして、国内線は短いですが、国際線、とくに欧米なんかに行く場合は、12~13時間もざらですよね。そのなかにいる方々は、ひとつの運命に導かれているのではないかという感じが昔からしていたんです。たとえば悪い話であったら、ハイジャックや事故での航空機墜落などは、同じ死への運命じゃないですか。もうひとつ、乗客のなかにはいろいろな想いで海外へ行く方がいる。悲しい想い、楽しい想いというのを持ち込んだ人々がいっぱい乗っている空間というものに、昔から思うところがありました。想いはそれぞれ違うけれど、二百十数人がその閉鎖された空間にいる─それは、「運命でそこにいる」という感じがするんです。それを私は「巡り合わせ」という言葉で書きました。あまり「運命」という言葉は使いたくないのですが、「運命=巡り合わせ」という気持ちが強かったです。主人公と亡くなった妻との関係にも巡り合わせがあったので、兼清個人のキャラクターとして、妻への想いもそれに加えたいとも考えていましたね。

――これから飛行機に乗るたびに、「同じ機内の人たちと巡り合わせがあるのでは」と考えてしまいそうです。同時に、「このなかにスカイマーシャルはいるのかな?」とも。

麻生 そういうことを考えるのも一興かなと思います。これから航空機に乗る方も、「なにかの巡り合わせでここにいるんじゃないかな」というような気持ちでいたら、別の楽しみが出てくるんじゃないかなと。でもこのストーリーは、スリラーとして怖いものですけどね(笑)。それも楽しみのひとつと考えていただければと思います。

インタビュー:藤原将子

角川春樹事務所 ランティエ
2021年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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