トイレを我慢する修行も…甲賀忍者最後の伝承者の声と史実を盛り込んだ忍び小説とは? 作者・土橋章宏が語る

対談・鼎談

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最後の甲賀忍者

『最後の甲賀忍者』

著者
土橋 章宏 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414661
発売日
2024/05/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

土橋章宏の世界

[文] 角川春樹事務所


土橋章宏

『超高速! 参勤交代』や『身代わり忠臣蔵』など、出版した作品の多くが映像化される歴史小説家・土橋章宏。

 次なる新作の筋書きとして選んだのは、歴史から忘れ去られてしまった幕末の忍者を描く冒険ストーリー。

 甲賀忍者が、長らくの戦なき世を経て失われた忍びの術を取り戻し、幕末の動乱を前に、忍者としての最後の働きを見せる小説『最後の甲賀忍者』について、作者に話を聞いた。

◆大好きな忍者をとうとう小説にした

細谷正充(以下、細谷) 忍者はお好きなのですか?

土橋章宏(以下、土橋) 大好きです。昔から『カムイ外伝』とか『サスケ』とか『仮面の忍者赤影』とか、そこら辺はテレビで見ていましたね。小説は、池波正太郎さんとか、司馬遼太郎さんを読んでいました。山田風太郎さんの「忍法帖」シリーズも読みました。

細谷 では、子供の頃から忍者が?

土橋 もう大好きでした。忍者刀を買ったり、太秦行ったらすぐ忍者コーナーに行くとか。忍者ってマジカルで楽しいなっていうのは、昔からありました。

細谷 そういう忍者好きの土橋さんが、満を持して本書を執筆した。

土橋 好きだったんですけど、本当のところはあまり知らなくて。実際に忍者ってどれぐらいの強さだったんだろうかとか。いろいろ調べてみると、甲賀で一番最後に活躍した忍者の話が出てきた。その前にも、甲賀忍者の最後の伝承者という川上仁一さんの新聞記事がありました。「虚を衝いて戦う」みたいなことをおっしゃっているんですけど、めっちゃいいなと思って。でも“分身”とか“影縫い”はさすがに難しいだろうなとは思った。そういう着想からいろいろ取材を始めたら、「万川集海」(忍術書)を読んで、かなり高密度にやっているなって。

細谷 でも「万川集海」は、結構誇張が多いような(笑)。

土橋 「これは実際に使われていただろうな」というのと、「ちょっと嘘かな(笑)」みたいなのがあった。何か思いつくこと全部書いちゃえみたいな。でも、毒とかは本当にやっていたんです。戦国時代には諸国の大名に雇われていたんで、ちゃんとした強さもあるだろうなと思うんですよ。そこの所をもう一回、検証しつつ書いて、今回の小説になりました。

細谷 忍者ものって、主に伊賀と甲賀で、伊賀の方が目立っているんですよね。そうすると甲賀ってすごくアピールが下手だったのか、あるいは忍者の本分を守っていたのかどっちなんだろうみたいな。

土橋 取材に行ったんですけど、やっぱり甲賀はちょっと地味なんです(笑)。今でも学術書はいっぱい置いてあるけど、なんか真面目だなと思った。伊賀の方に行ったら急にくノ一の可愛い子が出てきて(笑)。伊賀はエンタメに長けているなって思いましたね。

細谷 本の中でも甲賀は修験道の流れを汲んでいるから、くノ一はいないという。

土橋 甲賀忍者に詳しい方に取材で話を聞いても、やっぱり「甲賀にくノ一はいなかった」みたいな話が出てくる。なぜなら修験道から続いているからだっていう話を川上さんから聞きました。それは結構発見だし、面白いなと思って取り入れさせていただいたんです。

◆甲賀忍者の集大成を描きたかった


細谷正充

細谷 作品は幕末維新が舞台ですけど、戦国期からそれまでの忍者のことは全部入れようみたいな。

土橋 甲賀の集大成みたいなやつを書きたいなと。そういうのを取り入れつつ、「忍者って結局何なんだろう?」っていうのを、もう一度確かめたいということもあったんです。

細谷 維新の戦いで甲賀が新政府軍の方に付く。ずっと江戸幕府にアピールしてきたけれど、全然認められないから新政府軍に付くって、人間臭いですよね。

土橋 そういうところが面白い。なんか人間臭さが出てて、良いなと思っているんですよね。あんまり袖にされてたら、「じゃあもう向こう行ってやるよ」みたいなこと、あるだろうなと共感します。武士を目指して戦って、勝ったと思ったら、武士という制度はなくなりましたって、悲哀もありますし。

細谷 新政府軍に協力して、薩長の新しい幕藩体制ができると思ったら……。

土橋 大名になりたいと思っていたんだけど、世の中は全然違うとこに行っちゃって、みたいなところも面白い。でも人間の“あるある”かなっていう感じもしています。

細谷 “甲賀隊”という甲賀忍者の部隊が、めちゃくちゃ強い庄内藩と戦う。甲賀忍者の活躍が、史実として残っているのがすごいですよね。

土橋 それを見つけた時に、これはすごく面白いなと思った。しかもその頃、だいぶ忍術が廃れていたんで「もう一回鍛え直してやるぞ」って。そこはフィクションを含んでいるんですけど。

細谷 主人公の山中了司を始めとする五人組は創作でしょうか?

土橋 チームを組んで五人になったってのは創作ですけど、実在した人物なんです。第四章なんかは、もうほとんど史実です。実在した五人の忍者が前線にいて、後から十六人が助けに来たみたいな事があって、そこで活躍したっていうのも官軍の記録で残っていたりする。歴史小説的にも面白いなと。

◆史実を土台にしながら、フィクションを入れていく

細谷 土橋さんの歴史小説は、史実とフィクションの融合のさせ方が、非常に面白いですね。

土橋 ありがとうございます。あまり史実を裏切りたくない。フィクションだけだと本当に絵空事になっちゃう。ある程度史実を土台にして、ちょっとフィクションを入れて読み物にしていくのが、ちょうどいいバランスかなと思っているんです。

細谷 前半で、いきなり学園小説みたいになります。修行の描写とかがまた面白い。崖を登るシーンが今で言うボルダリングみたいな。

土橋 実際そういう修行の場があります。本当に危なそうだったので見るだけにしておきました(笑)。

細谷 忍者って本当にそんなに身体能力が高いのかと思っていたら、パルクールが出てきた時に、もしかしたらって……。

土橋 似たような技術はあったと思うんですよ。川上さんに聞いたら、屋根から飛び降りても怪我もしませんとか、電球を食うこともあるとか、いろいろ言っていましたから。トイレを我慢する修行とかも実際にやられたり、そういう自分の限界を知るのが実際の修行だっていう。そこら辺は結構リアルに書いてます。

細谷 リアルなんですね。スパイ活動もするけど、アスリートみたいな感じもあります。

土橋 目的が分かれている。“陽忍”と“陰忍”がいて、陽忍は嘘をついたり政治家みたいな活動をして、陰忍は潜入工作とか、役割が分かれているんですよね。だから陰忍の方は体を鍛えていて、陽忍は頭を鍛える。軍略とか覚えたり、人を騙す術を覚えたりとかをやっていたみたいなんですよ。

細谷 非常に合理的ですね。

土橋 最初は蛙に化けて出てくるみたいなのを書こうかなと思っていたんですけど、それはさすがにリアルじゃない。でも“手妻使い”って、手品師みたいなのがいるじゃないですか。結局、分身術とかっていうのは、手品っていうか“だまくらかし”だったんだろうと思っているんです。だから、嘘をついてそれを本当に見せるみたいなところが、忍術の極意なんじゃないかなっていうのが、僕の受けた印象です。

細谷 一方で、伊賀忍者の描き方はエンタメ色が強いですね。

土橋 甲賀っていうのは、どちらかといえば武士に近いんですよ。主をちゃんと持って、使命通りにやるっていうのが甲賀。伊賀は自分が主人というか、自由だったみたいです。

細谷 本書は忍者小説であると同時に青春小説にもなっています。

土橋 そうですね。若い人が共感できるように書きたいので、(主人公たちの)年齢層を低めにしています。

細谷 五人の個性がバラバラで、最初はいがみ合う奴もいて、それが一丸となっていく。

土橋 僕自身、そういう王道展開が好き。歴史小説でありつつ、エンタメに向けたいなというところで、王道なパターンになっています。

細谷 彼らは忍者が活躍できる最後の時に間に合ったという感じですよね。

土橋 戦国時代以降はずっと戦がなかった。自分たちの持っている騙し術とか潜入術とかを役立てられる、最後の戦だったかな。ただ川上さんによれば、まだその後の日清戦争、日露戦争ぐらいまでは忍者やってたよって言っていました。

細谷 それは大陸で?

土橋 陸軍中野学校とかに行って、指導にあたっていたらしい。だからどちらかっていうと頭の方が武器だった。体術なんか鉄砲の前にはどうしようもないんで、作戦とか、政治工作とか、そういうのが忍者の強い武器だったんじゃないかな。甲賀の忍者隊が、ほとんどは甲賀に帰ってきたんですけど、何人かは国の兵隊になって、日清戦争とか行っていると。そこでの忍者隊の活躍も書けたら面白いなとは思っています。

【著者紹介】
土橋章宏(どばし・あきひろ)
1969年大阪府生まれ。関西大学工学部卒。2011年シナリオ「超高速! 参勤交代」で第37回城戸賞受賞。13年に小説『超高速! 参勤交代』で作家デビュー。同名映画で第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。他の著書に『幕末まらそん侍』『引っ越し大名三千里』『号外! 幕末かわら版』『身代わり忠臣蔵』『駄犬道中こんぴら埋蔵金』『天国の一歩前』『チャップリン暗殺指令』などがある。

構成:細谷正充 写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2024年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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