18話18人の悔いなき人生

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後列のひと 無名人の戦後史

『後列のひと 無名人の戦後史』

著者
清武 英利 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163914046
発売日
2021/07/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

18話18人の悔いなき人生

[レビュアー] 大谷昭宏(ジャーナリスト)

「後列」のひとである。壇上で訓示する人ではない。最前列で神妙に聞く人でもない。だけど後ろだから前の方はよく見える―そんな人々の物語である。

「日本のロケット開発の父」と呼ばれた博士は最期は妻子のもとを離れ、美容院のママに手厚く介護されながら逝った。そのロケット博士は折にふれ、特攻機にもなった戦闘機「隼」の設計に携わったことを話し、「飛行機は僕の子供だよ。子供に人殺しさせたい親がどこにいるんだ」と言ってはぼろぼろと泣いたという。

 ベトナムやソマリア、アフガニスタン、世界の戦場を歩き、訪れた国は55カ国。べトナムでは弾に当たった解放戦線兵士の体がぼろ布のように飛び散る。そこに焦点を合わせてきたカメラマンはいま83歳。長野の諏訪、「雑草庵」と呼ぶ古い家に住み、週に一度、40分かけて居酒屋に行ってビールを飲むのが楽しみだという。年金は月十数万円。その年金の少なさが「いまも働くエネルギーになっている」。

 バブル崩壊後、最大手の地方銀行の役員を目前に不良債権回収の国策会社、整理回収機構に出向を命じられた男性は1年後、出身銀行から一部上場企業幹部の席を打診される。だが彼はそれを蹴って神奈川県が開校した総合学科高校の初代校長に応募、就任する。若者に教え、教えられる日々。その彼は数年後、校長室を去る直前、女子生徒からチョコと一緒に渡されたカードをいまも大事にしている。

 学校説明会で、どの校長先生よりも好きになれそう、3年間楽しくすごせそうと思って決めました。先生がいなかったら私は違う学校に行っていたかもしれません。だから一方的ですが、ありがとうございました……。

 本書の著者の代表作、『しんがり 山一證券最後の12人』の1人、社内調査委員会事務局長の補佐役だった女性は2019年冬、突然元事務局長に、みんなで行っていた居酒屋の自販機のチケットを贈ってきた。その約半月後、仲間に「膵臓がん」と告げた彼女は破綻当時、役員に、女はたそがれている暇なんかない、役員なら前を向いて、と憤慨していたという。お茶目にチケットを贈ってきた翌月、68歳で亡くなった彼女の遺言には、遺産はiPS細胞研究基金などにとあった。

 18話18人の人生。読み終えて、ふと石原裕次郎歌う「わが人生に悔いなし」が浮かんだ。

 親にもらった体一つで戦い続けた気持よさ 右だろうと 左だろうと わが人生に悔いはない……わが人生に悔いはない

新潮社 週刊新潮
2021年9月30日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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