「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝新太郎』レビュー

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市川雷蔵と勝新太郎

『市川雷蔵と勝新太郎』

著者
中川 右介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784041098318
発売日
2021/09/29
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝新太郎』レビュー

[レビュアー] 佐藤利明(娯楽映画研究家)

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『市川雷蔵と勝新太郎』
著者 中川右介

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■「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する

■評者 佐藤利明(娯楽映画研究家)

 市川雷蔵(1931年〜1969年)といえば、孤高の剣士というイメージがある。ニヒルでクールな「眠狂四郎」(1963年〜1969年・全12作)や、和製スパイ映画「陸軍中野学校」(1966年〜1968年・全5作)、忍者ブームを巻き起こした「忍びの者」(1962年〜1966年・全8作)などで演じたストイックなヒーローが浮かぶ。昭和44(1969)年、その絶頂期に37歳の若さで夭折した伝説の映画スターである。

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「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝…

 勝新太郎(1931年〜1997年)は、ユーモラスかつ豪放磊落というイメージがある。盲目でありながら一瞬にして相手を倒す驚異の抜刀術を見せる「座頭市」(1962年〜1989年・全26作)、田宮二郎との名コンビで人気となった「悪名」(1961年〜1974年・全16作)、田村高廣のインテリ上等兵と勝新のやくざな二等兵の名コンビによる「兵隊やくざ」(1965年〜1972年・全9作)での豪快なヒーローを演じた。平成9(1997)年、65歳で亡くなるまで、常にマスコミを賑わし、その生き様そのものが伝説として語られたスターである。

 中川右介の「市川雷蔵と勝新太郎」は、昭和6(1931)年、同年生まれの二人が、それぞれの世界、雷蔵は歌舞伎の脇役、勝新は長唄・三味線の師匠から映画界に入り、お互い良きライバルとして切磋琢磨していく姿を描いている。二人の生い立ちから、日本映画黄金時代の活況、斜陽の映画界で、二人が前述の人気シリーズに主演して、大映の屋台骨を支えていった昭和40年代「カツライス」時代を活き活きと描いている。カツ(勝新)にはライス(雷蔵)がベストマッチということで映画記者たちに「カツライス」と呼ばれていた。
 中川右介は「江戸川乱歩と横溝正史」(集英社文庫)、「阿久悠と松本隆」(朝日新書)などの著作と同じアプローチで、膨大な資料、過去の関係者の発言、当時の記録などを元に、時系列で「雷蔵と勝新」の足跡を、年単位、月単位でたどっていく。遅れてきた世代にも、昭和20年代から40年代の映画界の凋落の様子が体感できるのである。
 同時に単なる「映画スターの足跡」や「作品クロニクル」で終わらないのが本書の魅力である。重要な脇役として登場する、大映社長・永田雅一が、戦前の興業界、映画界で果たしてきた役割を「前史」として、そのキャリアにスポットを当てる。サイレント期の映画界、日活、松竹の歴史とともに、「ラッパと呼ばれた男」として名高い、永田雅一の若き日々が描かれている。
 また、二人の大先輩に当たる、戦前、歌舞伎から映画界に転身して大スターとなった長谷川一夫の足跡も丁寧に辿っている。初代中村鴈治郎の弟子になり、関西青年歌舞伎の舞台に立ち、1926(大正15)年に松竹キネマに入社「林長二郎」として時代劇映画のトップスターとなる。松竹は「歌舞伎役者は映画には起用しない」方針だったが、歌舞伎界では疎んじられていた阪東妻三郎や片岡千恵蔵、市川右太衛門、嵐寛寿郎たちがスターになっていったことで、林長二郎を映画スターに仕立てたのである。
 この「歌舞伎と映画界」の微妙なパワーバランスが、具体的なエピソードとともに描かれていく。第一部「関西歌舞伎の凋落」では、市川雷蔵の「歌舞伎の世界から映画界へ」のバックボーンが丁寧に綴られている。昭和6(1931)年に生まれた、「亀崎章雄」が、生後半年で三代目・市川九團次の養子となり、十五歳で「市川莚蔵」として歌舞伎役者となる。その後、昭和26(1951)年に八代目・市川壽海の養子となり「市川雷蔵」を襲名する。
 敗戦後、武智鉄二にその才能を見出され、革新的な「武智歌舞伎」に若手として参加するも、世襲制度の歌舞伎の本舞台では大きな役を得られずに、映画界に転身していく。戦前に、林長二郎=長谷川一夫が作った「歌舞伎から映画へ」の道は、市川雷蔵に限らない。中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介もまたしかり。昭和20年代、映画界に入る前の歌舞伎界における彼らのポジション、その不遇も含めて、のちの全盛を知る映画ファンとしては興味深い。膨大な資料と検証により、130ページほど費やして、「映画黄金時代」の前史としての「関西歌舞伎の凋落」が綴られているが、とてもエキサイティングである。
 戦災で焼失していた東京日本橋浜町「明治座」が昭和25(1950)年に再建され、その翌年、長唄の杵屋勝東治の次男が「杵屋勝丸」を襲名した。のちの勝新太郎である。雷蔵と同年生まれ。幼い頃から芸事に親しんで、十代で長唄の師匠となる。その勝新太郎が映画界に入るまでのプロセスも、市川雷蔵と並行して活写されていく。
 生まれた時から伝統芸能の世界に身を置いてきた二人が、昭和29(1954)年に大映に入社して、それぞれの映画キャリアを重ねていく昭和30年代の描写も微細で、タイムスリップ感覚が味わえる。中川右介は、これまでの著作同様、さまざまな資料に基づいて「その日」を再現していくが、本人のインタビュー発言や、関係者の記憶違いなども「史実かどうか確証できない部分がある」と、ちゃんと立ち止まって、その間違えた理由なども推察していく。そのスタンスが、著者の「時代への眼差し」となっている。
 時系列で二人の足跡を追っていくと、雷蔵の「眠狂四郎」「忍びの者」「陸軍中野学校」シリーズ、勝新の「悪名」「座頭市」「兵隊やくざ」シリーズは、いずれも映画が斜陽になり、観客動員を維持するために連作された「映画黄金時代・後」のものだということがわかる。大映の「カツライス」二本立て興行は、会社が二人に頼らざるを得なかった方策でもあったのだ。

「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝...
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 本書では、関西歌舞伎の凋落、映画界の隆盛、永田雅一のワンマン体制による経営の失敗、斜陽の映画界での市川雷蔵の早逝、そして大映倒産・・・。昭和20年代から40年代半ばにかけてのわずか20年間、日本映画が、テレビや他のレジャーに飲み込まれていく歴史でもある。市川雷蔵と勝新太郎の生きた時代とともに、「関西歌舞伎の瓦解」と「大映の倒産」という二つの「終焉」が描かれている。
 圧巻なのは、巻頭24ページを費やして「市川雷蔵と勝新太郎」の大映時代の全出演作のポスター(プレスシートも含む)のヴジュアルを時系列に展開。二人のデビュー作にして初共演作『花の白虎隊』(1954年)から、市川雷蔵の遺作となった『眠狂四郎 悪女狩り』(1969年)、大映倒産の年の正月映画『新座頭市 破れ!唐人剣』(1971年)までのポスターによるクロニクルは圧巻である。

「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝...
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 これは出版社が大映映画の権利保有者のKADOKAWAだから実現できたことでもある。映画書籍を制作する際にネックになるのが、こうしたポスターや写真の掲載である。そのコストが高くて見合わないことが多いからだ。余談だが、著者・中川右介は有能な編集者でもあり、拙著「石原裕次郎 昭和太陽伝」(アルファベータブックス)の企画、編集をしてくれた時も「裕次郎さんの映画全作のポスターを掲載しませんか?」と巻頭ページのアイデアを出し、それを実現することができた。
 「市川雷蔵と勝新太郎」の巻頭24ページのポスター・ギャラリーを眺めているだけでも楽しい。有難いことに、本文で紹介されている二人の主要作は、「角川シネマコレクション」としてBlu-ray、DVD化され、また映像配信サービス「シネマコレクションby KADOKAWA」でも気軽に観ることができる。読み進めるうちに、気になった作品、もう一度観たい作品を味わう、贅沢な寄り道ができるのも映画ファンの楽しみである。

■作品紹介『市川雷蔵と勝新太郎』中川右介

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「市川雷蔵と勝新太郎」カツライスの昭和を体感する――中川右介『市川雷蔵と勝…

市川雷蔵と勝新太郎
著者 中川 右介
定価: 2,860円(本体2,600円+税)
発売日:2021年09月29日

歌舞伎から映画へ移り成功した最後の 世代、市川雷蔵と勝新太郎――
市川雷蔵と勝新太郎はともに一九五〇年代から六〇年代にかけて、大映、いや日本映画界を支えた俳優である。

歌舞伎から映画へ移った俳優たちはみな、世襲と門閥で配役が決まる歌舞伎の世界ではいい役につけず、映画という新天地を目指した。そして雷蔵の死と大映の倒産で「時代劇映画の時代」はとりあえず終わり、残った時代劇スターたちの活躍の場もテレビへ移行した。雷蔵と勝は、歌舞伎から映画へ移り成功した最後の世代だった。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000821/

KADOKAWA カドブン
2021年10月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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