『ベースボールと日本占領』
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【聞きたい。】谷川建司さん「ベースボールと日本占領」
[文] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
■米国が望む民主化に貢献
映画と米国の日本占領期政策の研究で知られる著者にとって、本書は20年前に出した『アメリカ映画と占領政策』の姉妹編となる。
「占領期間中、米国は民主主義的価値観を映画と野球によって日本人に刷り込んだと言われています。本当にそうだったのか」
本書では野球を軸に据え、米国の占領政策の実態を豊富な資料に当たりながら明らかにしていく。「GHQ(連合国軍総司令部)のスタッフたちは、野球が日本人と米国人の共通言語になると考えたのです。マッカーサー(連合国軍最高司令官)やマーカット(GHQの経済科学局長)も熱烈な野球ファンだったことも大きかったと思います」
こんなトップの下でGHQ民間情報教育局は、野球の魅力を伝える数々の映画を山奥にまで持ち込んで上映会を開いていた。こうした政策でアイコンとなったのが黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンだった。彼の人生は子供向け学年誌などでも紹介された。米国は黒人差別を克服しようと努力している民主的な国であるとの宣伝に格好の人物だったのだ。
その一方で、封建的価値観を持つとして学校教育で禁じられた剣道の防具が、野球用具に転用されたという事実を紹介する。
昭和24年のサンフランシスコ・シールズ来日をめぐるエピソードも興味深い。空港では田中絹代を始めとする有名女優30人が出迎えた。さらには大阪場所を休場中の横綱前田山が後楽園球場でシールズの監督と握手する写真が新聞に掲載され、前田山は不謹慎だとして引退に追い込まれる。彼を招いたGHQは申し訳なく思い、日本相撲協会にアメリカ巡業の機会を与える。この決定が後に高見山のスカウトにつながる。
野球から武道、相撲、映画と有機的につながり、占領政策の文化的側面がくっきりと像を結ぶ。「米国が望む日本の民主主義化に野球が十分寄与したのは間違いありません」(京都大学学術出版会・2200円)
桑原聡
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【プロフィル】谷川建司
たにかわ・たけし 早稲田大客員教授。昭和37年、東京都生まれ。中央大法学部卒。一橋大で博士号取得。平成9年に第1回京都映画文化賞。