<書評>『第三次世界大戦はもう始まっている』エマニュエル・トッド 著

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<書評>『第三次世界大戦はもう始まっている』エマニュエル・トッド 著

[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)

◆米国の傀儡 明日はわが身

 私たちは、ウクライナとロシアの戦争を「民主主義VS権威主義の戦い」と表現し、あまつさえ「普遍的価値を共有する我が方こそが前者だ」と絶叫したがる。だがそれらは、米国およびウクライナ発の情報のみに依拠した、偏狭な独善以外の何物でもない。

 まずは自らの置かれた情報環境を正しく認識した上で、一歩引いてみることだ。まるで違う光景が見えてくる。

 そんなことを教えてくれる本だ。著者は経済よりも人口動態に基づいて人類を捉え、ソ連崩壊やトランプ大統領の登場等、数々の世界史的大事件を予言してきた。「現代最高の知性」だと帯にある。

 本書によれば、今回のウ・ロ戦争を仕掛けたのは米国と北大西洋条約機構(NATO)に他ならない。ロシアの侵攻が始まる以前から、ウクライナは事実上のNATO加盟国に組み入れられ、米英の軍事顧問団や高性能兵器類を大量に送り込まれていた。NATOのとめどない東方拡大に追い詰められたプーチンが、窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)んだ構図。

 なぜ? とどのつまりは米国の焦りに尽きる、と評者には読めた。衰退が不可避の覇権国家が、まるで手負いの熊と化している。戦争は「もはやアメリカの文化やビジネスの一部と言って過言でない」との指摘に思わず膝を叩(たた)いた。

 だが冗談ではない。危うい米国は、「同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがあります」と、著者は述べる。そこで改めてウクライナの状況を直視しよう。米国のあたかも傀儡(かいらい)としてロシアとの戦争を続けている彼らは、私たちの明日の姿ではあるまいか。相手は中国だよとまでは、本書には書かれていないけれども。

 本書の議論の大半に、評者は大いに共感できた。ただ一点だけ、だから日本は核を持つべきだとする提言には強い違和感がある。そんなことをしたところで、傀儡であることをむしろ誇っているかのごとき自民党政治が、米国の支配から「自律」などできるはずがない。ただ単に、中国に先制攻撃の口実を与えてしまうだけである。

(大野舞訳、文春新書・858円)

1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。『最後の転落』など。

◆もう1冊

É・アリエズ、M・ラッツァラート著『戦争と資本』(作品社)。杉村昌昭ほか訳。

中日新聞 東京新聞
2022年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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