いとう呉服店の女性当主が執筆の動機に 小説家・高田郁が語った「あきない世傳 金と銀」シリーズ完結への想い

エッセイ

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あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇

『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』

著者
高田 郁 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758445061
発売日
2022/08/09
価格
748円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

高田郁の世界

[レビュアー] 高田郁(小説家)

『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』刊行により、6年半続いた人気シリーズがついに完結を迎えた。小さな源流から始まった主人公・幸と五鈴屋の商いの物語を描いた時代小説家の高田郁さんが完結への想いを明かした。

 ***

 お陰様で、六年半続いたシリーズ「あきない世傳金と銀」の最終巻となる第十三巻「大海篇」を無事に送りだすことが出来ました。

 名残を惜しんでくださるかたには申し訳ないのですが、実は、スピンオフと申しましょうか、特別巻を上下巻で書かせて頂く予定ですので、実際には全十五巻になります。「詐欺ではないのか」とお叱りを受けるやも知れず、身を縮めております。今少しお時間を頂戴しますが、お付き合い頂ければありがたいです。

 本シリーズを書きたい、と願うきっかけになったのは、江戸時代中期、名古屋の「いとう呉服店」の第十代店主だった宇多さんを知ったことでした。十五歳で七代目店主に嫁いだ宇多さんは、夫との死別により十年足らずの間に七代目、八代目、九代目と夫婦となり、九代目亡きあと、自ら十代目を継ぐのです。ただ、私が強く心を惹かれたのは、彼女の辿った数奇な運命ゆえではありません。明和五年(一七六八年)に上野にあった呉服商「松坂屋」を居抜きで買い上げたあと、幾度も火災に見舞われますが、店の再建ばかりではなく、被災者支援に力を注いだ、というその姿勢でした。

 彼女のような女性経営者を描いてみたい──その頃、私は「みをつくし料理帖」シリーズ第二巻「花散らしの雨」を執筆中でした。そこから少しずつ資料を集め、江戸時代の商いを探るようになりました。当時の大坂に「女名前禁止」の掟があることや、武庫川の周辺で綿作が盛んなことなど、物語を組み立てるピースが揃い始めました。スケッチブックに色々な少女の姿を描いてみて、拳を握って立つ襷掛けの「幸」に辿り着きます。幸という名は、小児結核で亡くなった叔母「幸子」から一文字もらいうけました。

 津門村に学者の子として生まれた少女が、女衆として奉公した先で商才を見出される。最初は湧き水だったものが、細い川の流れになり、紆余曲折ありつつも大河となり海へ注ぐ。そんなイメージをサブタイトルに重ねました。最終巻に、主人公幸のこんな台詞があります。

「航海には嵐が付き物、この先、幾たびも容赦なく嵐に襲われることでしょう。けれど、何度でも乗り越えてみせよう、と存じます。ひとりではありませんし、一軒でもありませんから」

 書き上げた物語が本という形になり、世の中に送りだされ、読者の手もとに届く。作家はどれほどのひとの手に支えられていることでしょうか。幸の台詞は、私の想いそのままでした。

 ひとつのシリーズを長く続けてこられたのは、偏に、支えて下さる皆さまの存在があればこそ。その信を裏切ることのないよう、これからも精進を続けて参ります。感謝多謝。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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