『名探偵のままでいて』
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認知症の安楽椅子探偵が活躍? 名作のギミック満載・本格ミステリー
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
第二一回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作は一見ベーシックな安楽椅子探偵ものである。
全六章からなる連作集で、第一章は小学校教諭のヒロイン、二七歳の楓が夭折したミステリ評論家・瀬戸川猛史の遺作を中古通販で買ったところ、中から四枚の栞が出てきた。それが皆、瀬戸川氏の訃報記事だったという謎をめぐる話。
楓はそれを目黒区碑文谷に住む祖父のもとに持ち込み、二人で謎解きに挑むのだが、このおじいちゃんが元小学校校長のミステリマニアというだけでなく、認知症、それも通常の認知症ではなく、幻視を最大の特徴とするレビー小体型認知症(DLB)の患者であるところがミソだ。彼は推理をめぐらすうえに、それを映像として視てしまうのである。
しかし、日常の謎ものは頭の一章だけで、続く第二章は楓の同僚・岩田の後輩で劇団員の四季が直面した割烹居酒屋における密室殺人事件の謎に、第三章はかつて碑文谷の祖父が校長を務めていた小学校で起きたマドンナ先生の消失事件の謎に、そして楓の教える教室で起きた事件の謎解きを描いた第四章を挟んで、後半の第五章は岩田がランニングに励んでいる河川敷で傷害事件に遭遇、彼が容疑者としてつかまってしまう事件の謎に挑む。
名作古典を髣髴させるギミックを駆使した本格ミステリーが繰り広げられていくという次第で、ベーシックどころか、本格の様々な形式を自在に操ってみせているあたりはすでに熟練の境地というべきか。
その手腕は楓と祖父の家族をめぐる過去の経緯や、岩田と四季たちとの人間関係(二人ともそれぞれ闇を抱えている)の造形にも立ち現れていよう。厚みのあるドラマ演出が一気に炸裂する終章では、楓自身の身に危機が降りかかる。驚愕のエンディングに注目だ。自分が選出しておいて何ですが、今回の「このミス大賞」は万人にお奨めですぞ!