『ネイティヴ・サン』
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アメリカ文学界を席巻した問題作 過激さをむき出しにしたオリジナル版
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
ライトは1940年代の米文学界を席巻した。本書は3週間で25万部を売り上げ、彼は黒人文学の先駆けとなった。「ブラックパワー」という語を生みだしたのもライトだ。
『ネイティヴ・サン』の舞台は1930年代、シカゴのサウスサイド。家族と極貧生活を送る20歳のビッガー・トマスと、同様の仲間たちは、日々白人からの差別や侮辱に憤り、怒りと鬱憤が暴発しそうになっている。
とはいえ、つねに恐怖もつきまとう。今の米国でさえ、黒人男性は性的暴行で冤罪となる確率が白人男性より3・5倍高いというが、本書の舞台は人種差別のジム・クロウ法があった時代だ。
ビッガーは裕福な白人家庭の娘メアリーの運転手として雇われ、泥酔した彼女を寝室まで連れていく役目を負う。衝動を抑えられずメアリーに触れてしまい、そこに彼女の盲目の母親が入ってくる。ビッガーは誤ってメアリーを窒息死させ、さらに凄惨な方法で死体を“隠滅”する。そこから彼の逃亡、取り調べ、裁判のゆくえが描かれていく。
本書には、後世代の黒人作家ボールドウィンやラルフ・エリソンからの批判もあった。「抗議文学」としての政治メッセージを優先し、黒人の衝動的、暴力的な言動が前面に出て、ビッガーの人間性が描けていないと。確かに本書には、impulse(衝動)という語がしばしば出てくる。「自分が恐れる世界に対しての強い衝動を挫こうとしたり、あるいは満たそうとしたりして、日々を過ごしてきた」という箇所など象徴的だ。
しかしこの青年はなにに駆り立てられていたのだろう。メアリーの死体と対峙するビッガーの目の端に「白くてぼんやりとしたもの」が映るという描写が何度もある。それは彼を追いかけ脅しつけてきた何かが姿を変えたものではなかったろうか。本書は、映画館でのビッガーたちの自慰など過激な記述の削除を復元したオリジナル版の日本初訳である。