『埃だらけのすももを売ればよい ロシア銀の時代の女性詩人たち』
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ロシア文学興隆期「銀の時代」百年前に紡がれた言葉が現代を繋ぐ
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
西洋文学の起点というと、実在のあやしい古代ギリシャの男性詩人ホメロスが挙げられるが、自分の文章に初めて署名をした人物は明確だ。紀元前二十三世紀ごろのエンへドゥアンナという女性の神官詩人だが、文学の始祖と言われることはない。
それから何千年、ロシアには一八九〇年代から一九二〇年代にかけて多彩な詩人が輩出した「銀の時代」と呼ばれる時期がある。十九世紀前半に大詩人が築いた「金の時代」に対してこう名づけられたのだ。
女性解放運動の活発化等で、女性の詩人も多数登場したという。『埃だらけのすももを売ればよい』は『銀の時代の101人の女性詩人』と題するアンソロジーから十五人を紹介する歴史的にも意義深い一冊だ。
古来、戦争やその武勲を謳うことは男性詩人の領域だった。本書の「戦争と詩を書くこと」では、アンナ・アフマートワが紹介される。「キーウ」という作品から引く。
古き都は死に絶えたかのよう
私が来たことが奇妙なほど
己が川の上で ウラジーミルは
黒き十字架を掲げている
ここで、高柳は重要な警告をする。「これらの詩を再び戦場になった地を案じながら読み返す日が来たことを嘆」く自分を戒めると。
二十世紀初頭、チェルビナ・デ・ガブリアックは著名な男性詩人による「アポロンは新しい詩人を養子に迎えようとしている」という推薦文とともに登場し、センセーションを巻き起こした。しかし真の身元が明るみに出ると囂々たる非難を浴びる。彼女が仮名で登場する直前に書いたと思われる詩には、「……黙っていろ、喋るな……/見ろ、見るのだ、
悪意と恐怖のかけらが/きらめく嘘が/おまえの姿を塵から創り出したのだ/そうしておまえは生きているのだ」と記されている。
喪失と孤独と抵抗の言葉の一つ一つが現在との時空間の距離を消し去るだろう。