<書評>『つげ義春賛江 偏愛エッセイ・評論集』山田英生 編

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つげ義春賛江 偏愛エッセイ・評論集

『つげ義春賛江 偏愛エッセイ・評論集』

著者
山田英生 [編集]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784575317541
発売日
2023/01/19
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『つげ義春賛江 偏愛エッセイ・評論集』山田英生 編

[レビュアー] 横尾和博(文芸評論家)

◆漠たる不安に時代が共感

 ひがな一日、河原で石を売っている。石は売れないが売り手の男は飄々(ひょうひょう)としている。つげ義春のマンガ「石を売る」の一こまだ。鄙(ひな)びた土地を訪ねる旅物は書き手の漂泊の魂を表現し、シュールな「ねじ式」では極度の不安を描く。

 人はなぜつげ義春のマンガに魅せられるのか。その謎を解くのが本書。彼を偏愛する五十人以上の著名人が書いたエッセイや評論などのアンソロジー。ファン必読の書だ。

 伊集院静は「人間は己れが一番不可解であることに気づいてから、目の前の事象や時間にとまどいはじめる」と述べる。そういえばつげが描く特徴的な背景画は時間と空間が歪(ゆが)んだようにみえる。まるで己の存在の不可解さに気がついたように。また黒川創はつげ作品に登場する女性たちを評し、主人公との関わり方に「恋愛とか裏切りとか別離といった、『近代』的な物語があるわけではない」という。淡々と日々を生きる庶民に憧憬(しょうけい)をいだき、つげはその生活圏への訪問者であり、観察者である。

 河原での石売りは車谷長吉(ちょうきつ)『贋世捨人(にせよすてびと)』の一節を想起させる。風呂場で一日中浴槽に釣糸を垂れる行為だ。車谷は浴槽では釣れるはずのない魚を求めるのが文学の本質ととらえる。つげの芸術観と同様である。休筆から三十五年たっても衰えない人気。だが人気の根拠は懐かしい時代の残照だけではない。彼は合理、効率、効果の時代にあって対極の非効率と不条理を描く。描かれた漠たる不安は、寄る辺ない時代に私たちの共感を呼ぶ。また人の意識は無限大であり、意識で世界の果てまで行けることを告げる。

 つげの主人公はみな孤独である。だが茫洋(ぼうよう)とした登場人物たちは孤立を恐れない。ひとりで遠くまで行くこと、失うべきものを持たず己の道を見極めることが信条だから。つげ作品は私のような凡庸で無能の人間のバイブルであり、彼が偏愛する場末や裏町は、束縛を嫌う自由気ままな解放区である。本書のように語り尽くしても尽くせないのがつげの魅力、磁力である。

(双葉社・2970円)

1968年生まれ。フリーの編集者。『旅人まんが 鉄道篇』など。

◆もう1冊

つげ義春著『新版 貧困旅行記』(新潮文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年2月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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