人間だけを消してしまう光の壁。人類が出会った最大の危機を描く『WALL』周木律インタビュー

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WALL

『WALL』

著者
周木 律 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041133194
発売日
2023/04/24
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人間だけを消してしまう光の壁。人類が出会った最大の危機を描く『WALL』周木律インタビュー

[文] カドブン

周木律、日本を全滅させる! メフィスト賞作家として知られる周木律は、実は日本には珍しいスケールの大きなスリラーの書き手でもある。その新作は、触れると人間の体だけを消失させてしまうという不思議な光の壁現象を主題とした『WALL』。巨大な光の壁に覆われれば日本は全滅する。その恐怖に立ち向かう人々の姿を描いた群像劇であり、密度の高い物語にページをめくる手が止まらない読書体験ができる。話題度満点の娯楽大作だ。

十代で触れた筒井康隆『霊長類 南へ』や小松左京『日本沈没』『首都消失』、そして映画「シン・ゴジラ」などのパニックSF先行作も意識したという。日本が滅亡するという壮大な風呂敷を広げるために作者は何を考えたか。インタビューにより創作の裏側に迫る。
取材・文=杉江松恋

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人間だけを消してしまう光の壁。人類が出会った最大の危機を描く『WALL』周…

■周木律インタビュー

――新作『WALL』、一気読みのおもしろさでした。他の物体には影響がないのに、それに触れた人間だけを消失させてしまう巨大な光の壁が日本列島に迫ってくるという恐怖を描いた作品ですが、私が一番感心したのは現象がどういうものか解明されるくだりです。ここはミステリーのロジックだと思ったんですよね。一瞬、そういうことって起こりうるのかも、と思ってしまう。あそこはすごくおもしろかったですね。

周木:「すでにある物理学の原理を使って人間だけ消すことはできないか」と二日ぐらい考えてなんとかひねり出したんです。最初は、人体がなぜ消えるのかわからないままで話を進めるつもりだったんですが、理由がわかったほうが納得して読めるだろうと思い直した次第です。それによって新たな展開も生まれたので、考えてよかったですね。

――そもそもどういうことから始まった作品なんでしょうか。

周木:最初にあったのは「日本を滅ぼす」という大きなイメージです。「日本列島を全部潰してしまう波のようなものがあったらみんなどうするんだろう」と考え始めて、キラキラ光って綺麗なんだけど、触れると人間は消されてしまう壁というのが生まれました。

――数年前には映画「シン・ゴジラ」がヒットしました。怪獣が襲来してきたときに人間たちは最初一致団結して闘うことができなくてバタバタします。パニックもののおもしろさって何が襲来するか以上に「人間たちがどう動くか」ということに掛かっていると思います。『WALL』は群像小説としてもその部分が優れていますね。

周木:「シン・ゴジラ」は意識した作品の一つです。古い小説ですが小松左京先生の『日本沈没』と『首都消失』は元ネタに近い部分があります。登場人物たちがどう動くかは、プロットを書きながら「自分だったらどうするだろう」と考えながら組み立てました。それぞれの立場でみんな動くだろうし、その中にはただただ逃げるしかない人もいれば、責任を負って自分が何かを成し遂げなければならないと考える人もいるはずです。彼らそれぞれの動きをプロットとして起こしていった結果が『WALL』という作品なんです。

――ウォールは太平洋上を西に迫ってきますので、必然的に福島第一原発にも危機が訪れます。以前に周木さんは映画「Fukushima 50」のノベライズも手掛けられましたが、原発の場面は本作の中で重要な意味を持っていると思います。

周木:迫りくる壁はそれ自体が大きな災厄ですが、その通過点に福島第一原発が存在していて、そこにまだ放射性物質が眠っているというのは、読者のみなさんにも非常に切実な問題ですし、より身近なところで危機感を喚起できるだろうなと考えました。

――周木さんは『眼球堂の殺人 ~The Book~』という謎解き小説でメフィスト賞を獲ってデビューされたので、ミステリー作家にカテゴライズされることが多いと思います。ただデビューの翌年には『災厄』というパンデミックの恐怖を描いた長篇も手掛けられていますし、パニック・スリラーも得意分野ではあるんですよね。

周木:小説家になったときからパニックものは書きたいと思っていました。原点には筒井康隆先生の『霊長類 南へ』があると思うんです。ああいう話を書きたいな、とはずっと思っていました。筒井作品は自分の根幹になっていて、ベストを挙げるならば『虚航船団』、短篇はおもしろいものがありすぎますが「蟹甲癬」なんて、今は絶対あんなもの書けないだろうと思います。これを言うと年齢がバレてしまいますけど、十代のとき、1999年に人類が滅亡してしまうという「ノストラダムスの大予言」が流行したんです。21世紀から先には人類はいなくなるんだという諦念を覚えました。実際にはそんなこともなくゆるゆると人類は続いているんですけど、どこかでやはり「やっぱり滅亡に向かっているよな」という感覚が私の中に残っているんです。そういうことが根底にあるだろうなと思います。『WALL』のプロットは2021年に作り始めていますから、やはりコロナ禍がきっかけの一つにはなっています。コロナはある程度対処できる災厄だったけど、対処できない災厄というのもありうるのではないか、ということから始まっていますね。

――2014年に『災厄』をお書きになられた際に『WALL』の原型を思いつかれて「今回は使えないからウイルスで行くか」みたいに捨てたということはなかったんですか。

周木:もしかしたら根っこは一緒かもしれないですね。『災厄』では四国を全部ぶっ潰してるんですよ。さすがに日本全部だとドラマにしづらいかと思って四国だけにしたんですけど、ウォールなら日本全部潰せるな、と(笑)。

――主人公である紺野雪子の上司・山之井教授は非常に象徴的な登場人物です。彼はウォールが着実に日本に迫ってきているのに「観測できないから存在しないんだ」と言い張るんですね。「自分が理解できないものはないことにしなければならない」という後ろ向きな姿勢には既視感があるというか、この数年あちこちで見かけたように思います。そういう、足を引っ張る人間もこの作品には登場しますし、さっきお話に出たようにただただ逃げるだけの人も出てきます。本当に社会の全位相が書かれていると言ってもいい。

周木:北海道から娘の待つ神戸へ帰ろうとする尾田基樹ですね。彼はプロットの最初から存在したキャラクターでした。何か事が起きたとき、日本人の99%はただ逃げるだけになるでしょうから、そういう人は絶対に必要だと思いました。福島第一原発に留まる小野田奏太は新聞記者で、自分の眼で全てを見届けようとする人です。彼も最初からプロットに存在しました。見る人の重要性と同時にもう一つ彼を1F(イチエフ)にいさせた理由は、実際に作業に当たっている人は四の五の言っている暇はないということを書きたかったんです。何かが起きると陰謀論も含めていろいろな言説が流布します。でも当事者は一切かかずらっている暇はなく、ただ目の前のことをやらなければならないんです。そのことを客観的な立場で見てくれる人としてジャーナリストが必要でした。

――群像劇という以外にも、物語のうねりも大きい小説だと思います。特に後半、意外なところからブレイクスルーが見つかっていく展開が熱いですよね。

周木:実際に物事が解決するときはびっくりするくらい偶然が重なるという体験を個人的にしているので、そこは最も書きたかったことの一つでした。全力を尽くすということが最後には解決に結びつくということなんだと思います。

――序盤はじわじわと不安が高まっていき、中盤から後は一気に話が走り始めます。場面転換も意図的に速くされているように見え、読んでいて爽快感があります。

周木:ありがとうございます。すべてを克明に書いていくとどんどん本が分厚くなってしまうという事情もありまして(笑)。かなり端折ってはいます。また、努力している場面は読者にとってはそんなにおもしろくないだろうとも思うので、結論だけでいいところはそれで済ましてもいるんですね。私はいつも“一気読みしてもらいたい”という気持ちで書いていますし、人間関係のひだを細かく書いていくという作風でもないと思うので、上映二時間の映画で全部収まるような感覚で考えています。スピード感が一番大事ですね。

――お話を伺っていると、ミステリー専門というより周木さんはもっと広い世界を背負った作家だという気がします。どういう読書体験をしてこられているのでしょうか。

周木:作家になる以前は歴史ものが好きで、陳舜臣先生の『小説十八史略』は愛読していました。あとは講談社ブルーバックスであったり、ハヤカワ文庫のSFであったり。そういう本から得たものに肉付けをしながらアイデアを作っているのかもしれません。

――今回の『WALL』のように壮大な規模の作品を書かれるのは快感があったと思うのですが、こういうパニックものを書かれるときは執筆にどのような感覚があるものですか。

周木:おっしゃるとおりで、10人殺すより1万人殺すほうが気持ちいいですし、それがさらに1億人になると快感があります。ただ、書くにあたってはそれがただの数字になってしまいがちなので、一人ひとりの死にざまはできるだけ克明に書こうと考えました。それが冒頭の老夫婦が死ぬ場面につながるんですが、犠牲者が1万人になろうと1兆人になろうと「×1万」「×1兆」であるように心がけています。

――人間を描く小説である以上、大事なことですね。今回の作品にはコロナ禍でみんなが覚えた閉塞感のようなものも反映されていると思いました。そういった意味では非常に現代的な小説ですし、ぜひこの路線を今後も続けていただきたいですね。

周木:ご注文をいただければ(笑)。前回は病原体で滅ぼしたんですけど、今回は謎の物理現象で滅ぼしているので、残るは宇宙人襲来ぐらいしかないのかもしれないですが。ただ、地球規模の出来事というのは絵空事ではないんだろうなと最近は思います。地球温暖化の影響もこれほど明らかになるとは予想していませんでしたし。恐らく、定期的に書きたくなるジャンルだろうと思います。『WALL』でいろいろ考えていて「超常現象の理屈なんていくらでも作れるな」と改めて思いました。「ある日突然、日本人が全員消えてしまった」ということにも何らかの解は見つけられますよね。

――実に頼もしいです!

KADOKAWA カドブン
2023年04月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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