『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』
- 著者
- みきいちたろう [著]
- 出版社
- ディスカヴァー・トゥエンティワン
- ISBN
- 9784799329344
- 発売日
- 2023/02/17
- 価格
- 1,320円(税込)
その生きづらさ、原因は「発達性トラウマ」にあるのかも?自分と向き合い克服するステップ
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
日常生活を送るなかで、漠然とした「生きづらさ」を感じている方も少なくないはず。でも、それはなぜなのでしょうか?
原因は「発達性トラウマ」である可能性が高いと指摘するのは、公認心理士である『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(みき いちたろう 著、ディスカヴァー携書)の著者です。
「発達性トラウマ(Developmental Trauma)」とは、複雑性PTSDの原因となる子ども時代に負ったトラウマのことなのだそう。それは「複雑性PTSD」の原因でもあるようですが、こちらに関しては、眞子さまがご結婚に際して執拗な報道やバッシングにさらされたため複雑性PTSDと診断されたことが記憶に新しいところです。
子どものころに家庭や学校などで負った慢性的な(反復性)ストレスが複雑性PTSDの原因であることがとても多いのです(もちろん、眞子さまのように成人してからのストレスも同様に複雑性PTSDにつながるトラウマの原因となります)。
そのため、発達性トラウマは、私たちが抱える生きづらさの原因を明らかにするものとして近年注目されています。(「はじめに」より)
「トラウマ」と聞くと、なにか特別な体験をした人が被る症状だと思われるかもしれません。しかし、それは遠い世界のことではなく、日常の不調や悩み、生きづらさなど、多くの方が日常的に感じている症状としても現れているもの。つまり私たちにとって、とても身近な存在だということです。
たとえば、「緊張しやすい」「人の気持ちを考えすぎる」「人と打ち解けられない、うまくつきあえない」「経験が積み上がらない、ミスや不注意が多い」「人に対するイライラが止まらない」「なぜだかわからないけれど自信がない、将来が不安」「依存症」「パニックを起こしてしまう」などなど、症状は多種多様。いずれにしても、決して人ごとではないようです。
トラウマとは「ストレス障害」である
トラウマについての考え方には複雑な部分を多いのですが、正しく理解するために必要なのは、まず「トラウマとはストレス障害である」と捉えることだと著者は記しています。ストレス障害という捉え方はシンプルで理解しやすく、当事者や治療者にとってメリットが大きいというのです。そして、理由は3つあるようです。
1つ目は、トラウマの影響が心理のみならず、脳や自律神経、内臓など身体全体におよぶこと。ストレス障害と捉えることは、そういった実態とも適合することになるはず。
2つ目は、応用や展開のしやすさ。ストレス障害とすればメカニズムをイメージしやすく、当事者や治療者が見立てやケアの方向性を検討するにあたっても、心理から身体までさまざまに応用が利くのです。
3つ目は、ストレスということばの親和性と連続性。つまりそれはすでに、専門家ではない当事者にとっても馴染みのあることばだということ。しかも日常のストレスはもちろん、災害、戦争など非日常性のストレスまでさまざまな場面で用いられています。そのため、トラウマを“日常から連続した身近な現象”として捉える助けになるわけです。
またトラウマが「心の傷」と解釈された場合、治療者もメカニズムがイメージできず、“専門家でなければ扱えない特殊な事象”として敬遠されがちだったようです。
しかし「ストレス障害」であれば、一般の治療者でも手当をイメージでき、治療の機会が広がるというのです。単なる表現の違いだとはいえ、そこには大きな意味があるのでしょう。(131ページより)
トラウマを克服する5つのステップ
トラウマを克服するためには専門家のサポートも必要ですが、主体はあくまで当事者。したがって、サポートを受ける際にも当事者がトラウマ克服のための見取り図を描けること、基礎やポイントを知っておくことが大切だということです。
なおトラウマのケアについて、本書ではわかりやすさを重視し、「環境を調整する」→「身体(自律神経など)を回復する」→「自己(主体、セルフ)を再建する」→「記憶・経験を処理する」→「他者(社会)とのつながりを回復する」という順序で解説されています。
あくまで便宜的なモデルであり、実際には順序が前後しながら螺旋のように進んでいくようですが、大枠を確認してみましょう。
1. 環境を調整する
ここでいう環境とは、外的な環境(職場、学校、家庭の人間関係など)、内的な環境(心身のコンディション)とに分けられるそう。内的な環境の不安定さには外的な環境の質も投影されているため、環境の基盤となる安心・安全感を少しずつでも改善することが必要だといいます。
2. 身体(自律神経など)を回復する
安心・安全の基盤は身体ですから、トラウマ克服のためには体の改善がとても重要。そのため、栄養や睡眠を確保し、有酸素運動を行うなど、身体を日ごろから整えることも忘れるべからず。
3. 自己(主体、セルフ)を再建する
トラウマのさまざまな症状とは、自己を喪失した結果、内的、外的な秩序を回復できないために生じているものでもあるようです。したがって症状の改善は、自己(主体、セルフ)の再建へのアプローチがなければ進まないのだそう。
トラウマの症状とは、機械の修理のようにただ直せばよいというわけではありません。(中略)トラウマ記憶が整理され収められるためにも“主体”が必要になります。当事者が主体となって過去の記憶を解釈し、収め直す必要があるのです。(204ページより)
たとえばトラウマを負っている人には、他者の頭のなかを忖度してしまう(相手がどう感じるかを重視しすぎてしまう)傾向があるといいます。そこで著者は自己を再建するための方法として、思考や発話の際、つねに「私は」という主語をつけて考えることをすすめています。
「私は〜を見ている」「私は〜と思った」というように意識する習慣がつけば、曖昧になっていた自分の思考、感情が徐々に明確になってくるというのです。
4. 記憶・経験を処理する
トラウマを追うとつねに、「誰かに怒られるのではないか」「批判されるのではないか」とせかされるような感覚を持ってしまいがち。その奥にあるものを分析すると、他者の時間軸に支配されていて、自分の時間軸がないことがわかるそうです。
そこで、時間の主権を取り戻すために行うべきことのひとつがマインドフルネス(瞑想)だといいます。
「今ここ」や自分の感覚に意識を向けることを習慣化することで、グラウンディングし、自分の時間軸を取り戻していくことができます。(223ページより)
5. 他者(社会)とのつながりを回復する
対人関係の回復のためには、他者に対しての“安全基地”となることが役立つそうです。安全基地とは、安心・安全を支える関係性のこと。たとえば父や母、夫や妻などがいる場合、そうした自分の家族に対して“安全基地”であることを心掛けるべきだというのです。
その際はやりすぎず、完璧を目指さないことが重要。トラウマの影響で不全感やイライラが湧いてしまうなどの場合は、適度な距離を保つことも忘れるべきではないようです。最低限の用事はこなしつつ、“ただいること”を心がけるということです。(186ページより)
当然ながら、ここでご紹介したことは発達性トラウマに関する知見のほんの一部にすぎません。そこで、なにか感じるものがあった方、日常的に生きづらさを感じている方には、本書をじっくり読み込んでみることをおすすめします。そうすればきっと、なんらかのヒントを見つけることができることでしょう。
Source: ディスカヴァー携書