野口卓『出世払い おやこ相談屋雑記帳』(集英社文庫)を細谷正充さんが読む 人生の闇を払う清々しい光
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
人生の闇を払う清々しい光
「よろず相談屋繁盛記」から「めおと相談屋奮闘記」、そして今度は「おやこ相談屋雑記帳」。野口卓の人気シリーズが、ついに第三シーズンに突入した。主人公の信吾(しんご)は、老舗料理屋の長男だが、三歳のときに大病をした後、ときどきスッポリと記憶を失う。その代わりなのか、ほとんどの生き物と話すことができるようになった。自分が異能を得たのは、何か果たすべき役割があるのではないかと思った信吾は、名づけ親の和尚から武術を習う。また、異能を使い何度か困った人を助けたことがあったのをきっかけに、家業は弟に譲り、よろず相談屋を開いた。とはいえ相談屋だけでは食ってはいけないと、将棋会所もやっている。
というのがシリーズの基本設定だ。不思議な魅力を持つ信吾の周囲に、しだいに人々が集まって出来た、温かな空間がたまらなく気持ちがいい。そして楽器商の娘の波乃(なみの)と夫婦になると、二人で相談屋として奮闘するのだった。信吾が変わり者なら、波乃も変わり者。お似合い夫婦の躍動が楽しいのである。
作者は人生の達人であり、世の中に光と闇があることを熟知している。本シリーズは、主に人間の明るい面を取り上げているが、ときに闇を見つめることもある。「めおと相談屋奮闘記」シリーズ最終巻の、予想外の悲劇を読めば、作者の厳しさがよく分かるだろう。だが同時に、波乃の妊娠という新しい光により、闇を払うのだ。だから第三シーズンの始まりを告げる本書は、光に溢れている。将棋会所のレギュラー陣が猫の話で盛り上がる「猫は招く」や、相談者が信吾と話しているうちに自分の道を見つける「山に帰る」、信吾が子供時代から知る女性の人生を鮮やかに捉えた「サトの話」など、どれも妙味がある。
もちろん明るい話だけでなく信吾の相談屋という仕事が、意外なマイナスの影響を与える「同志たれ」のような話もある。だが、それも人生。ラストの「出世払い」まで読んで、心が清々(すがすが)しさで満たされた。この類いなきシリーズ、いつまでも続いてほしいものだ。
細谷正充
ほそや・まさみつ●文芸評論家