映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現するか――井浦新インタビュー

インタビュー

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アンダーカレント

『アンダーカレント』

著者
豊田 徹也 [著]
出版社
講談社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784063720921
発売日
2005/11/20
価格
1,210円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現するか――井浦新インタビュー

[文] カドブン

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現...
映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現…

真木よう子主演、井浦新共演の映画「アンダーカレント」がいよいよ公開となる。銭湯の女主人・かなえと、彼女を静かに見守る男・堀の奇妙な同居生活を軸に人々の心の奥を描く本作は、国内外から熱狂的な支持を得る豊田徹也の漫画を原作としている。彼らの揺れ動く心を、湿度を感じる幻想的な映像で描き出したのは今泉力哉監督。
本作でミステリアスな堀を演じた井浦に、作品への想いを聞くロングインタビュー。

■俳優・井浦新が語る「心の揺れの表現」
映画「アンダーカレント」公開記念ロングインタビュー

■役は生き物だから、映画が残り続ける限り育ち続ける

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現...
映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現…

――同名原作は、2005年に出版されて以来、長年読み継がれている豊田徹也さんの長編コミックです。豊田さんの作品はフランスを中心に海外でも人気だそうですが、井浦さんが感じられた原作の魅力を教えてください。

井浦新(以下、井浦):僕は映画のお話をいただいてから初めて読ませていただいたのですが、読み終わった時、一本の映画を観たような気分になるくらい映画的な漫画だと思いました。説明も少ないし、いい意味で読者に頭を使わせるような漫画。“なんて不親切なんだ!”と思いながら、それを楽しんでしまっている自分もいました(笑)。同時に、これを映画化するのは至難の業だろうなと思ったので、演出を手掛ける今泉力哉監督は、きっと大変だろうなとも感じました。

――井浦さんが演じた堀は、銭湯を営む主人公・かなえ(真木よう子)の前に突然ふらっと現れ、「ここで働きたい」と告げる謎の男です。夫の悟(永山瑛太)が突然失踪し、一人で銭湯を切り盛りせざるを得なくなったかなえにとっては救世主のようでもあり、寡黙なキャラゆえに正体のつかめない不気味さもありますが、二人の奇妙な共同生活のやりとりや、堀がかなえを静かに見守る姿に不思議な安らぎを感じました。井浦さんはこの役をどう捉えて演じたのでしょうか。

井浦:僕は、今まで完全に理解して演じられた役はないと思いますし、何なら作品が完成した後にお客さんとディスカッションをして、そこで気づくことや新たな発見のほうが多い気がします。役は生き物ですから、映画が残り続ける限り育ち続けますから。
今回、演じる堀という役が難しければ難しいほど、自分にとっては挑戦しがいがありました。少ないセリフの中で、真木さん演じるかなえと、どうキャッチボールができるか。キャッチボールはうまく投げ合うだけではありません。それをセリフじゃない部分で、共演者の方ときちんと感じ合えるかというのは、やりがいを感じたことの一つです。

――今泉力哉監督からはどのような要望がありましたか。

井浦:技術的なものを求められるのも俳優の醍醐味だったりするんでしょうが、特に『アンダーカレント』のような作品であれば、技術的に裏打ちされたものを求められながらも、自分の心をしっかり使って気持ちで芝居をするという、シンプルで難しさのあるものを求められます。今泉監督は繊細な心の動きや、心に比例、あるいは反比例して動いてしまう体の動きまでしっかり見ている監督。指先や髪の毛の先までコントロールして動かすことを意識していければ、それはそれですごい能力だと思うのですが、そういうものを一旦置いて、無我夢中で役の気持ちに寄り添って、役として生きるくらいになることを今回は求められた気がしました。全身全霊で役と向き合うことが、堀という役を演じるうえでは大事でしたし、もっと大きなものを背負って演じなければならないと思いました。

――そうすることで、かなえを演じる真木さんと、もっと高いところに行けるだろうと。

井浦:そうですね。今回は真木さんとのお芝居が多かったのですが、『アンダーカレント』の世界を一緒により高いところで表現するには、どういうアプローチで真木さんとぶつかり合っていけばいいのかを考えました。たとえ技術を排除していったとしても、役や作品に心を寄せて気持ちで芝居し合うことで出てくる何かが、きっと映画にしっかりと残せるはずだと。それが漫画との大きな違いになるだろうと感じていました。

■映画の神様がくれた思いがけないギフト

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現...
映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現…

――劇中では、かなえの夫の失踪理由が明らかになるにつれ、実は堀も非常に大きなものを抱えていることが明るみになっていきます。この役と、ご自分に共通点を見出した部分はありましたか。

井浦:これは本当に偶然なのですが、劇中で堀が高台から街を眺めるシーンがあって。彼が眺めていた地域は、実際に僕が子どもの頃に過ごしていた場所なんです。

――そうだったのですか。それは何かしらの縁を感じますね。

井浦:そこは堀と自分が重なった瞬間でもありました。“実家に近付いているな”と、現場へ向かいながら思ってはいたんです(笑)。今もその地域に幼馴染みが住んでいるので、その風景を眺めながらお芝居ができたことは、映画の神様が与えてくれた素敵なギフトだなと思いました。内面に関しては、もちろん僕は堀のような男ではないですが、多かれ少なかれ堀のような境遇が重なれば、彼のように生きている可能性もあると。堀のように何かを背負って嘘を重ねながら生きていくという道を選ばざるを得ない状況になってもおかしくないと思います。全て共感できるということではなくて、いつでも僕も堀になり得るだろうと考えたら、自然と役が育っていく感覚を得られました。

――銭湯に住み込み、かなえと共同生活をする堀ですが、真木さんとのお芝居で印象的だったシーンはありますか。

井浦:撮影が進み、自分の中で堀が育ってきたなと思っていた頃、それでもできなかったことが“かなえに触れる”ということだったんです。何度か掛け合いの中で実験してみたいなとは思っていたんですが、二人の関係性や距離感を考えると気軽に触れる隙がなくて。でも、とあるシーンで真木さんがすごく虚ろな目をしていて、ある時、ふらっとよろけた瞬間があったんです。その時に思わず支えるという動きの芝居が自分から出て彼女に触れてしまった。残念ながらそのシーンは後のシーンとの兼ね合いでカットされてしまいましたが、堀を生きていくうえではものすごく大きな意味があることでしたし、真木さんも自分を追い込んで本当に疲弊していたからこそ、あの動きが出たんだと思います。その熱量は確かに伝わってきました。

――真木さんの自身を追い込んでいくような芝居に対する姿勢は、井浦さんにとっても刺激になりましたか。

井浦:僕はそういうアプローチができる方はすごく好きです。どんなに周りが心配したとしても、それが、自分が役を演じるうえでのケジメであり、役に対してどう責任をとっていくか、なんです。そういう姿勢の人は素敵だなと思いますし、もちろん結果的にこちらもいい刺激をいただけます。この人のためなら全力でサポートしてこの作品を完走したいと思うし、なんとか最後までカメラの前で立っていてほしいと思っていました。僕の中での真木さんって、いい意味で化け物だし、彼女くらいの俳優だったら何度もそういう山を乗り越えてきているだろうという絶大な信頼感もあります。

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現...
映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現…

■演じることで今泉力哉監督と遊びたい

映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現...
映画「アンダーカレント」公開記念 奥底に漂う“心の揺れ”をいかに演技で表現…

――映画「かそけきサンカヨウ」以来2度目のタッグとなる、今泉監督の演出についてもお聞かせください。

井浦:本当に繊細な監督だと思います。「もう1回やってみましょう」という理由が、たとえば体の向きがちょっとだけ違ったとか、もう少しだけ指の向きがこっちだったとか。お芝居自体ももちろんきちんと見ていらっしゃるんですが、そういう些細な動きも含めてもう1回見たい、という思いを大事にする監督だなという印象です。今目の前で俳優同士の魂のぶつかり合いみたいなものが生まれて、これを2回やったら違うものになっちゃうだろうな……という瞬間があっても、残酷なまでに「もう1回いきましょう」と言える監督です(笑)。

――ストイックな監督なのですね。その時に具体的な理由はおっしゃるのですか。

井浦:いいえ。僕もあえて聞きませんし。でも芝居が悪いからじゃないというのだけは信じたいし、きっと違う可能性を探していらっしゃるんだろうなと思っています。仮に僕らに説明したとしても、それは僕らには分からないところなんじゃないでしょうか。監督が見ている部分というのは監督にしか分からない。修正ポイントを教えてもらわないと、こちらは修正できないんですが、変な言い方になりますけど、今泉監督と遊ぶ時は修正ポイントを聞かずに遊びたいというか。ポイントを聞いてしまうと、そこを塗り替えようと意識が働いてしまうし、結局「もう1回やりましょう」になると思う。それに満足するような監督ではない気が僕はしています。

――いかにそこに対応できるか、役者の方たちの大変さは想像を絶するものがありますね。

井浦:その瞬間に生まれた熱量を大事にする監督もいらっしゃって、今泉監督もそれはお持ちの方ですけど、“面白いのはそこだけじゃない”という気持ちもあるから複雑なんです。演じる側としては「これを超えるものはもう出ないですよ」と思っていたとしても、たとえば技術的な部分でカメラの位置を変えて「もう1回やりたい」と言える冷静な眼差しを持っていらっしゃる。逆に「今のはちゃんと心に届いたので、カットも割らずにこのままいきます」となることもあります。

――どの俳優さんも井浦さんのように、フレキシブルに対応しているのでしょうか。

井浦:もちろん俳優なので、皆さん対応しています。ただ僕みたいに“遊ぶ”という感覚でやられているかは分かりませんが(笑)。僕はデタラメなので、そういう部分も楽しみながらやっているところがあります。

■“生”に直結する食事シーン

――それから、本作は全編を通して、かなえと堀の食事のシーンが印象に残りました。人生に大きな悲しみを背負った二人が、日々、淡々と食事をする。やはり食べることは生きることなのだと。

井浦:たしかに食事シーンは多かったので、意味があることだろうなと思いながら撮影していました。“今日の昼ごはんは食べなくていいかな”と抜くくらい、かなえの家でのシーンはずっと食べていました(笑)。かなえも堀もいろいろなことがあって大変な中、ちゃんと朝ごはんを食べて一日が始まるし、壮絶な一日だったのに晩ごはんは一緒に食べている。おっしゃる通り食べることは生きることで、どんなことがあってもこの二人は生きようとしているということの表れだなと思います。ある食事シーンは、食べるという日常の自然な行為の中で堀の心が揺れ動いてしまうという場面だったので、お芝居としてはどんなアプローチになるんだろうと、自分でも想像できなかったです。

――やってみるまで分からなかったと。

井浦:はい。それに、5回6回と何度もやれる芝居ではないなとは思っていました。ですが、そこは残酷な監督ですから(笑)。でも大事なシーンだからこその監督のこだわりだと僕は受け取りましたし、“何度でもやってやる!”と思いながら集中して臨みました。

――井浦さん、そして真木さんお二人の全身全霊の演技から、人の心の複雑さと、それを受け入れることの大切さを教えてもらったような気がします。

井浦:演者としては、決して多くはない出演者たちが、それぞれの俳優という道をどのように辿ってきたかがしっかり見えてくる芝居をされていたのを知ることができて、とても楽しかったです。その俳優たちがどう生きてきたかがしっかりと乗っかったお芝居が見られた。それはきっと、役に俳優たちの魂も込められたということだと思います。この映画は、説明ゼリフはほとんどないのですが、俳優たちの佇まいでちゃんと説明しているんです。無言の余白や行間で、豊かにたくさん語ることのできる俳優が集まっているので、僕はニヤニヤしながら観てしまいました。内容的にはニヤニヤする映画では全くないんですけど(笑)。そんな幸せな時間が、観てくれた方にも届くとうれしく思います。

■プロフィール

井浦 新 Arata Iura
1974年9月15日 東京都生まれ。1998年、映画「ワンダフルライフ」に初主演。以降、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。アパレルブランド〈ELNEST CREATIVE ACTIVITY〉ディレクター。サステナブル・コスメブランド〈Kruhi〉のファウンダー。映画館を応援する「Mini Theater Park」の活動もしている。

取材・文:遠藤 薫 

KADOKAWA カドブン
2023年09月21日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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