<書評>『佐佐木信綱と短歌の百年』三枝昂之(さいぐさ・たかゆき) 著

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佐佐木信綱と短歌の百年

『佐佐木信綱と短歌の百年』

著者
三枝 昂之 [著]
出版社
角川文化振興財団
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784048845410
発売日
2023/09/05
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『佐佐木信綱と短歌の百年』三枝昂之(さいぐさ・たかゆき) 著

[レビュアー] 寺井龍哉(歌人・文芸評論家)

◆和歌を愛する知られざる闘争

 佐佐木信綱(1872~1963)は、『万葉集』などの実証的な研究の基礎を築いた国文学者であり、<ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲>で知られる歌人である。本書はその評伝であり、信綱を軸にした日本近代史の書でもある。

 本書によれば、正岡子規や与謝野鉄幹が古典和歌の伝統からの断絶を叫ぶことで新たな地平を開こうとした一方で、信綱は古典和歌の伝統を継承する方向で新たな短歌のあり方を求めた。歴史的に見て、人それぞれの自分自身の心情(「おのがじゝの思(おもい)」)を述べるのに、短歌の形式が最も適しているというのである。

 明治以来、短歌否定論・滅亡論はくり返されてきた。明治15(1882)年の『新体詩抄』や敗戦後の「第二芸術論」では、五七五七七のわずか三十一音の定型詩では複雑化する社会や思想を表現できない、と主張された。しかし信綱は、昭和6(1931)年に「社会は複雑になればなるほど、短詩型の文学は必要を増す」と書き、一連の短歌否定論とは正反対の認識を示す。本書はその背景に、歌人・釈迢空が抒情(じょじょう)詩としての短歌の滅亡を予想した大正末年の論などがあったと見る。和歌を愛する信綱の知られざる闘争が見えてくる。

 代表歌<願はくはわれ春風に身をなして憂ある人の門をとはばや>が、人々の憂悶(ゆうもん)を晴らすことを「歌道の徳」と見る古風な和歌観を踏まえていたことを、信綱自身の文章から指摘した点も重要だ。<丸き家三角の家など入り交るむちやくちやの世がいまに来るべし>など破格の作を発表した前川佐美雄の試みを促すことも、全国をめぐって古典和歌の資料を探索し、戦時下の雑誌刊行に奔走したことも、そして依頼に応じて軍歌を作詞し戦意高揚の歌を作ったことも、信綱にとってはすべて、歌によって人々のために努める営為だったのだろう。

 その優しさは、しかし、ナショナリズムの暴力性にも奉仕してしまう。強烈な毒にも無上の妙薬にもなる短歌の不思議を体現する、新鮮な信綱像を受けとめた。

(角川文化振興財団発行、KADOKAWA発売・3300円)

1944年生まれ。歌人。歌誌『りとむ』を創刊。日本歌人クラブ顧問。

◆もう1冊

『与謝野晶子をつくった男』加藤孝男著(本阿弥書店)。与謝野鉄幹の活動を詳細にたどる。

中日新聞 東京新聞
2023年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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