『青春をクビになって』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『ハジケテマザレ』
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[恋愛・青春]『青春をクビになって』額賀澪/『ハジケテマザレ』金原ひとみ
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
なんと切ない題名だろう。額賀澪氏『青春をクビになって』(文藝春秋)は、夢にどう決着をつけるかを描いた小説だ。自分で区切りをつける人も、強制終了される人もいる。追い続けて、苦しむ人もいる。
主人公の朝彦は、古事記の研究者である。大学の非常勤講師として働いているが、突然に来年度の契約はできないと言われてしまう。人文系の講師募集は少なく、新たな職を得られる可能性は低い。三十五歳の研究者としては致命的だ。二年前まで同じ立場だったが、今は友達代行の会社を経営している栗山から、ある噂を耳にする。院生時代に世話になった小柳先輩が、母校に「住み着いている」というのだ。朝彦が恩師の教授に会いに行くと、先輩は研究室にいた。一昨年に非常勤講師を雇い止めになって以来、無職だという。教授の温情で資料を使わせてもらっているが、研究費を払っておらず問題になっているようだ。その一週間後、先輩は大学所蔵の貴重な版本を持ったまま、行方をくらます。講師としての仕事の合間に、友達代行を引き受け、様々な人に出会いながら、朝彦は先輩の思いを想像し、自分の将来についても考え始める。
彼らが置かれた環境の厳しさを、著者はノンフィクションのようなリアルさで描いていく。先輩のやりきれなさ、朝彦の焦り、栗山の切実さ……。就職氷河期世代の私には、どれも覚えのあるもののようで苦しい。
それぞれの時代に熱意ある研究者や読者がいたからこそ、私たちは遠い過去に書かれた古典文学に、いつでも触れることができる。若い研究者たちが置かれている現状に憤りを感じずにはいられない。同時に、研究者としての誇りと苦い思いを抱きながら、次の世代に受け継ぐことを大切にしようとする人々の思いに、胸が熱くなる。この国にたくさんいるであろうリアル朝彦たちにも、エールを送りたいと思った。
金原ひとみ氏『ハジケテマザレ』(講談社)の舞台は、コロナ禍のイタリアンレストランである。登場人物のほとんどが、そこで働くアルバイトだ。見惚れてしまうほどかわいい美大生のメイちゃん、イベント会社を起業していたヤクモ、DJでカレーマニアでフランスとアメリカに国籍のあるブリュノ、どこか謎めいているベテランコンビのマナツさんとルイコさん……。この華やかで話題に事欠かない人々と働く主人公の真野は、コロナのせいで外食産業を派遣切りされたごく普通の二十代である。
こんな人たちに囲まれて地味系女子が働くのは、結構キツいんじゃないかと思う。真野も気後れしていたのだが、気がつくと閉店後にこの店内で行われる飲み会に参加していて、いくつもの騒動にも巻き込まれていく。
普通の真野には、良いところがたくさんある。それにちゃんと気がついている彼らの言葉が、真野にも私にも真っ直ぐに届く。痛快で元気の出る青春小説である。