『武器としての「中国思想」』
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<書評>『武器としての「中国思想」』大場一央(かずお) 著
[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)
◆混迷の時代に古(いにしえ)の知恵
中国の古典を読み解きながら政治、経済、教育、道徳といったテーマに沿って現代社会を大胆に論じる。
第1章「なぜ『無敵の人』が増えるのか――春秋戦国時代と諸子百家」では、老荘、墨家(ぼくか)、荀子(じゅんし)、韓非子(かんぴし)などの教えから複雑化する社会と迷走する個人の生き方を問う。
「無敵の人」とは、失うものがなく、何をしでかすかわからない人を意味する俗語だが、似たような問題は大昔の中国にも存在した。
いつの世も格差はモラルを低下させ、治安を悪化させる。しかもその解消は至難である。老子の「無為自然」は「出世や贅沢(ぜいたく)を望まず無欲であること」によって平和を求めた。荘子の「万物斉同」は自我を超越することで個々人の不幸をなくそうとした。墨家の「非攻」は侵略戦争を全否定し、荀子は性悪説に基づき、欲を律する「礼」を重んじた。
中国の思想家たちは数千年前から「個」のあり方や人々の暮らしをいかに向上させるかについて考え続けてきた。混迷の時代にこそ、長い歳月を生き延びてきた古(いにしえ)の知恵に学ぶことは多い。
儒家の孟子は「国民の資産、すなわち『民富』こそが国力であり、税収の多さ、すなわち『国富』は国力ではない」と論じた。今の世にも広めたい意見である。著者は孟子の言説を「経済学者の趣があります」と評している。
東アジアの近代化は南宋の朱子の教えの影響が少なくない。明治以降、西洋の書物を翻訳するさい、朱子学がよく利用された。また「知行合一」で知られる明に生まれた王陽明の陽明学も徳川期の政策に反映しているそうだ。
今の時代も日本の自己啓発書やビジネス書、あるいはスポーツの本などを読んでいると中国の古典からの引用をよく目にする。近年では『論語』を愛読していた京セラ創業者の稲盛和夫の人生論や経営指南書が中国語に翻訳され、ベストセラーになった。
「中国思想」の教えは紆余曲折(うよきょくせつ)を経ながら至るところに浸透している。
(東洋経済新報社・1980円)
1979年生まれ。中国思想・日本思想研究者、早稲田大学非常勤講師。
◆もう1冊
『超入門「中国思想」』湯浅邦弘著(だいわ文庫)。「役立つ思想と言葉を再発見」とうたう。