『頭上運搬を追って』
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<書評>『頭上運搬を追って 失われゆく身体技法』三砂(みさご)ちづる 著
[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)
◆力強さと優美さの謎解明
世界の至るところで大きな荷物や水の入った桶(おけ)などを頭にのせて運ぶ人たちがいる。かつては日本にもいた。
どういうわけか頭上運搬をする人は女性が多い(男性は肩に担ぐ傾向がある)。時には自分の体重よりも重い荷物を頭にのせて起伏の激しい道を歩くこともある。
最近まで沖縄には金だらいを頭にのせ、野菜や魚を売り歩く女性がいた。
「なぜできるようになるのか、なぜできなくなるのか、それは体型や身体づかいより何より、まず『できる』という意識ありき、ではないか」
ある女性は頭上運搬している人たちを見ているうちに、いつの間にか「できる」ようになっていた。
伊豆諸島の神津島の女性は頭の上の荷物を片手で支え、もう片方の手で「ついぼ(杖(つえ))」をつき、バランスをとった。30キロのセメント袋を2袋運ぶこともあった。なぜ首を痛めないのか不思議である。
理屈ではなく見よう見まねで覚える知恵や技能の継承はむずかしい。一度途切れてしまうと後世の人にとって不可解なものになる。
車や鉄道などの輸送手段が普及したことで、生活の中で培われてきた能力の数々が失われた。今の日本人は重い荷物を人力のみで運ぶような機会がほとんどない。近代化によって日常の体の動かし方もずいぶん変化した。歩き方や走り方もそう。
本書は「軸」や「センター」といった身体感覚についても考察している。武術、スポーツの世界でよく出てくる言葉だ。頭上の荷物を落とさずに歩くためには「軸の通った体」を必要とする。
長年、頭上運搬をしていた女性は年をとっても背中が曲がらず、姿勢がよかったらしい。また彼女たちは瞬時に「運ぶべきものの重心」を捉えることもできた。
重力を感知する能力や「軸」が鍛えられると、余計な力が抜け、動きがしなやかになる。その所作は舞踊にも通じる。
著者は頭上運搬の謎を民俗学や運動科学などの視点から解き明かし、忘れられた身体技法の力強さだけでなく、秘められた優美さを伝える。
(光文社新書・946円)
1958年生まれ。作家・疫学者。著書『オニババ化する女たち』など。
◆もう一冊
『逝きし世の面影』渡辺京二著(平凡社ライブラリー)