<書評>『ためさるる日 井上正子日記 1918-1922』井上正子(まさこ) 著、井上迅(じん) 編

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ためさるる日

『ためさるる日』

著者
井上 正子 [著]/井上 迅 [編集]
出版社
法藏館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784831877598
発売日
2023/11/24
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『ためさるる日 井上正子日記 1918-1922』井上正子(まさこ) 著、井上迅(じん) 編

[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)

◆大正の女学生 成長記録

 100年ちょっと前の京都市立高等女学校の女学生がつづった6冊の日記が見つかった。発見者は編者で德正寺住職の井上迅さん(扉野良人(とびらのらびと)の筆名で詩やエッセーも書いている)。日記の書き手は編者の母方の祖父の姉にあたる。

 12歳から書きはじめた「正子日記」は大正期の資料(米騒動、スペイン風邪の流行などがあった)としても貴重である。当時、女学校では日記をつけることを奨励していたそうだ。

 正子が暮らしていた寺には明治期から電話があり、お手伝いさんがいた。月に1度、和歌を作り、古典を学ぶ歌会の集まりもあった。

 毎日、だいたい朝6時に起きる。宿題に真面目に取り組む。裁縫、お作法、お茶の稽古、テニス、何事も熱心である。風邪で学校を長く休んだ後、授業の予習をしていると「又あまり勉強すると熱が上るから一生懸命にしない様に」と父母に注意される。

 家事の試験で京都の借家の改良点に関する問題が出た。正子は「さっぱりわからなくって困った」「ほんとに残念だった」と嘆く。純真で素直だが、良家の子女ゆえ、庶民の苦労に疎いところがある。

 1919(大正8)年7月、第1次世界大戦終結の祝賀式で先生が戦争の話をした。「ほんとに恐ろしい事だと思った。それと同時に、この平和になった事をほんとに喜ぶのであった」と記す。

 翌年秋「私の心は、励め! と叫んでいる」と自分を奮い立たせる。数日後「ややもすれば最初の日の決心も鈍って来て勉強をおろそかにした日もあった」と反省する。

 10代前半にもかかわらず、彼女は常に自分の進むべき道を考えている。弟にたいしても「立派な人間におなりなさい」「賢くおなりなさい」と願う。

 膨大かつ詳細な注釈とともに当時の京都の学生生活が伝わってくる。激動の時代を生きた正子の成長と葛藤の記録に引き込まれる。

 挟み込み付録、鳥瞰図(ちょうかんず)師・清水吉康の「京都市全景パノラマ地図」(22年)も見ごたえあり。

(法蔵館・3080円)

<正子>1906~98年。

<迅>71年生まれ。著書『ボマルツォのどんぐり』。

◆もう1冊

『ある日、戦争がはじまった』イエバ・スカリエツカ著、神原(かんばら)里枝訳(小学館クリエイティブ)

中日新聞 東京新聞
2024年1月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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