<書評>『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』ブレイディみかこ 著
[レビュアー] 陣野俊史(文芸評論家)
◆「住む」という尊厳のため
この小説は実際の事件を踏まえる。ロンドンオリンピックの翌年の2013年、ロンドン東部の低所得者向けホステルを追い出されそうになった住民たちが立ち上がり、ホステルの名を取って「FOCUS E15」運動を開始した。14年には公営住宅地の空き家を占拠する。都市部の低所得者の住む空間を再開発し、住民を追い出して、地域の「高級化」を目指す、いわゆる「ジェントリフィケーション」への強い反対運動でもある。
著者は、上の運動を下敷きに、3人の魅力的なシングルマザーを造形する。ジェイドとギャビーとシンディは、自分たちの住む若年層ホームレスのためのホステル「ザ・サンクチュアリ」を追い出されそうになり、「E15ロージズ」という運動グループを始める。そこに往年の運動家も加わって、公営住宅占拠という、世間の注目を浴びる形に発展する。
イギリスに限った話ではないが、日本以外の場所で起こった事件を前提に日本語で小説を書くとき、もっとも考えなければならないのは、日本とどう結びつけるかだろう。著者は、ジェイドたちの運動に関心を寄せる「史奈子」(日本の大手新聞社のロンドン駐在員)と、彼女の元恋人でアナキストの「幸太」を登場させる。英語がほぼ喋(しゃべ)れないにもかかわらず、どんどん人の輪のなかに入りこみ、ジェイドたちと明るく交流していく幸太。驚きながらそれを見守る史奈子の存在が、どこか遠く感じられる事件をぐっと身近に引き寄せる。
小説の中で描かれる公営住宅占拠は1カ月にすぎない。だがその短い期間で、彼女たちの運動が強く訴えたのは、住むことはすなわち尊厳の問題である、という一点。地域に根づき、空間を他人と共有し、自分のリズムで生活するという「住む」権利は、何よりも尊重されるべき。そう考えるとき、タイトルの「リスペクト」が生々しく私たちに迫ってくる。登場する濃いキャラクターの人物たちに魅了されつつ、尊厳に触れる。小説というフィクションでなければできないことでもある。
(筑摩書房・1595円)
1965年生まれ。ライター・コラムニスト。96年から英国在住。
◆もう1冊
『家族と社会が壊れるとき』是枝裕和、K・ローチ著(NHK出版新書)。日英映画監督の対話。