『リスペクト』
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『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』ブレイディみかこ著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
立ち退き迫られ戦う母
ビートの早い、心が疾走する音楽を爆音で聞いたような気持ち。あと一歩、踏み出す背中を押してくれる、そんな本だ。
キーワードは2014年ロンドン。ジェントリフィケーション。シングルマザー。シルビア・パンクハースト。パンと薔薇(ばら)。アナキストとアクティヴィスト。そして音楽。
ロンドンオリンピックの2年後、オリンピックパーク用地だった若年層ホームレス・シェルターに住むジェイドたちは、突然の退去を言い渡される。ジェントリフィケーション、そこに住む人々の階層を上げ都市の質を向上させようという試み、条件に合わない人々は追い出される。そしてソーシャル・クレンジング、再開発を経てその場所をクリーンな場所に塗り替えること、でも塗りつぶされる人々はどうなるの?
パンと薔薇。生きていくには体のためのパンと、心のための薔薇が必要だ。ジェイドたちは街頭演説やビラ配り、行政への直訴など様々な抗議行動を起こし、世間の注目を集める。人として当たり前に持ちうるはずの、尊厳=リスペクトを求めて、自分たち流の戦いを繰り広げる。
ジェイドを取り巻く人々がとてもいい。シングルマザー仲間のギャビーとシンディ。日本の大手新聞社の駐在員で、事件を少し冷めた目で見る史奈子、その元恋人で無邪気なアナキストの幸太。どっしり骨太な存在感でみんなを支える配管工のウィンストン。そして何より、革ジャンとパンクな出(い)で立ちが最高にかっこいい、かつての運動家ローズ。
幸太の言葉が刺さる。
「人間って、実は支配されたほうが楽だと思う部分があって、そうすればもう自分で何も考えなくて済むし、安心だからと思って自分の生を誰かに丸投げしてしまうんだ」
尊厳を持って生きるとはどういうことか。わたしたちはパンのために薔薇を手放してしまっていないか。もう一度考えないといけない。(筑摩書房、1595円)