「なんでこんなに人間関係は複雑にゆがむんだ」女優・前田敦子の孤独感を消し去った長編小説

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わたしたちに翼はいらない

『わたしたちに翼はいらない』

著者
寺地 はるな [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103531920
発売日
2023/08/18
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

わたしたちを助けてくれる小説

[レビュアー] 前田敦子(女優)

女優の前田敦子さん

 他人を殺す。自分を殺す。どちらにしても、その一歩を踏み出すのは、意外とたやすい――。

 地方都市に生まれ育ち現在もそこに暮らしている三人の女性を描いた、寺地はるなさんの長編サスペンス『わたしたちに翼はいらない』(新潮社)が刊行された。

 4歳の娘を育てるシングルマザー、ワンオペで育児と家事をこなす専業主婦、マンション管理会社勤務の独身女性……いじめ、モラハラ夫、母親の支配など、心の傷が産んだ本作の読みどころとは?

 木曜ドラマ「彼女たちの犯罪」に出演し、その迫真の演技が話題となった女優の前田敦子さんが、「『自分だけが、ひとりぼっち』と思いがちな私に寄り添ってくれた」と綴った書評を紹介する。

前田敦子・評「わたしたちを助けてくれる小説」

「自分だけが、ひとりぼっち」。そう思いがちな私に、寺地はるなさんの長編『わたしたちに翼はいらない』は、優しく寄り添ってくれました。

 この作品に登場する朱音、莉子、園田は、子どもの頃に負った心の傷を癒やせないまま、大人になりました。

 最初はそれぞれの生活が静かに描かれていますが、三人が交差し始めてから徐々にサスペンスのような展開になって、驚きました。とりわけ莉子と園田は危ない橋を渡りそうになって――。

 これまでの人生、それほど本を読んでこなかったのですが、場面ごとに自分の中から様々な感情が湧き上がってくるので、「次は誰が、どうなってしまうんだろう」と期待が止まらず。夜な夜な読みふけってしまいました。

 私には彼らのような経験はありませんが、心に少しすき間ができた時、ふいに出会った誰かに依存してしまう人は実際に存在して、私ももちろん例外ではないと自然に思えて。小説ですが、ドキュメント作品のような印象も受けました。

 朱音と莉子が喫茶店にいる場面では、人間関係のズレが生まれる瞬間を目の当たりにしました。同じ場所にいるのに二人の心の声がまるで違うんです。

 シングルマザーの朱音は飄々としているようで、実はかなり周囲を気にしていて、ワンオペで育児と家事をこなし夫のパワハラに耐える莉子は保育園のママ友との関係性を考え過ぎている。

 苦しみはそれぞれ切実だけど、全然違うことを考えていて、「あぁ、だから大人になるにつれて、『なんでこんなに』と思うほどに人間関係は複雑にゆがむんだ」と、日頃疑問に感じていたことに答えが見つかりました。

 私は、ひどいいじめを目撃したことも、その被害にあったこともありません。けれど、幼い頃の対人関係はトラウマのように残ってもいるし、「悩みなんてなさそう」と思われていても、大人になった今だって悩みは尽きない。

 自分で下した決断なのに「これで良かったのかな」と不安になることもある。それでも、そういう想いを抱えていても、「これが私の人生だと思えるのならいいんだ」と気付かせてもらいました。

 結婚や出産などで自分自身を最優先できなくなった時、将来が明るく感じられなくなってしまう女性も多いと思います。

 そういう人達がこの小説を読んだら、私が感じたみたいに、自分の人生に安心できるんじゃないかな。この作品は、わたしたちを助けてくれる小説です。

新潮社 波
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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