『照子と瑠衣』
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ひたすら前だけ見て疾走する七十歳の二人が人生をやり直す物語
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
飛行機雲のような小説だ。
青い空に白い雲がひたすらまっすぐ。井上荒野『照子と瑠衣』は、ぎすぎすとした世情に疲れてしまい、辛い日々を送っている人にぜひ読んでもらいたい、人生賛歌の小説だ。
主人公は照子と瑠衣、御年七十歳になる二人の女性だ。中学の同級生だったが、十代の頃は別に仲良くなかった。三十歳の時に開かれたクラス会で再会し、無二の親友になった。
宝くじで当った五十万円を頭金にして老人向け施設に入った瑠衣は、人間関係にうんざりして飛び出し、親友に救援信号を送った。照子は結婚生活に見切りをつけて家を捨て、夫のBMWを駆って瑠衣を拾う。目指すは新天地、長野である。
物語は照子が家を出るために支度をする場面から始まるのだが、なぜかドライバーを探して持っていこうとしているのが読者としては気になる。長野の別荘地に着いた時にその疑問は解けた。ドライバーは鍵をこじ開けるために必要だったのだ。二人は他人の別荘に入り込み、そこを生活の拠点に定める。仕事もなんとか見つかった。収入が不安定なのだけは心配だ。しかし自由である。
照子も瑠衣も、しがらみに縛られた人生を送ってきた。それを断ち切り、七十歳の二人が人生をやり直す物語なのだ。そばにいてくれる人が自分にとってありがたい存在ということを噛みしめ、決して裏切らないということだけを唯一のルールとする暮らし。それを実現するためには、他の全てを捨てても構わなかった。
題名からわかる通り、一九九一年に公開された映画『テルマ&ルイーズ』の本歌取りになっている小説だ。井上の小説はどれも終わり方がよく、本作も終章が素晴らしいのである。ひたすら前だけを見て疾走していくのはあの映画と同じだが、小説の中を駆け抜けていった二人が、そのまま地平線を越えて、彼方へと飛び去っていくような感覚がある。青い空に伸びた、白い飛行機雲のように。