『万物の黎明』
- 著者
- デヴィッド・グレーバー [著]/デヴィッド・ウェングロウ [著]/酒井隆史 [訳]
- 出版社
- 光文社
- ジャンル
- 歴史・地理/歴史総記
- ISBN
- 9784334100599
- 発売日
- 2023/09/21
- 価格
- 5,500円(税込)
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閉塞した現代社会の常識を覆す農耕を選択しなかった原始社会
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
印象的な逸話が序盤に語られる。自由や平等の概念は西洋で誕生したと思われているが、じつはその裏には北米先住民の存在があった。身分差のない自由な社会に暮らしていた彼らの目には、財産にしばられ王が権力をもつ西洋社会は野蛮に見え、宣教師や入植者は批判にさらされた。それが西洋の政治思想に変革を促したという。
こういう話を聞くと我々は、先住民にそんな高度な政治思想があったわけがない、今の自由や平等の概念をあてはめて読み替えているのだと考えがちだ。でもこの固定観念こそ誤りなのであり、そこには真実が宿っている、ということが、最新の考古学的知見にもとづき六百頁にもわたって徹底的に論証される。
単なる人類学や考古学の本ではない。著者の一人デヴィッド・グレーバーはブルシット・ジョブを世に問うた活動家でもあり、本書も明らかに読者の常識の変革をねらっている。
原始の狩猟社会は単純だったが、農耕の開始で階級差が生まれ、社会が複雑化したことで官僚制と国家が生まれた。『銃・病原菌・鉄』も『サピエンス全史』もこの史観を補強している。この流れは必然であり、その行きつく先が現代の閉塞した社会だ。これが常識的史観だ。
でもそれはちがう。考古学の知見を素直に受け止めると、合議による自治を進め、階級差の発生を避けるため本格的農耕を選択しなかった原始社会はいくらでもあった。太古の狩猟採集民はただの単純素朴な人たちではなく、むしろ賢く、柔軟な政治的アクターだった。
古い人間像が崩れ去り新しい人間像がたちあがる。本書を包み込む興奮はそこにある。人間像が変われば見える未来も変わる。かつて人類はうまくやっていた。だとしたらこれからもうまくいくのではないか? そう思わせる本書は革新の書であるのと同時に希望の書だ。人間も捨てたもんじゃないと素直にそう思えた。