<書評>『夢分けの船』津原泰水(やすみ)著

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夢分けの船

『夢分けの船』

著者
津原 泰水 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031286
発売日
2023/10/12
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『夢分けの船』津原泰水(やすみ)著

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

◆出会いが織りなす青春物語

 音楽専門学校で作曲を学ぶために愛媛県新居浜市から上京してきた22歳の秋野修文。ところが、学校から斡旋(あっせん)された防音マンションの704号室は、3代前の住民で修文と同じ学校に通っていた久世花音が飛び降り自殺をした、幽霊が出るという噂(うわさ)の訳あり物件で、おまけに狭い部屋を占拠しているグランドピアノは鍵が行方不明で開けられない。

 昨年亡くなった著者の遺作は、<花音という不在の、真空よろしく人と人とを強烈に引き合わせてしまう特質>によって、大勢の人と出会った修文が、さまざまな出来事に巻き込まれる日々を描いた青春小説だ。夢の象徴としての憧れの女性と、東京で出会った身近な女性との間で揺れる恋愛小説でもあり、花音とピアノの鍵の謎をめぐるミステリーでもある。そして何より、執筆のかたわらバンドでライブ活動を行っていた津原泰水にしか書けない音楽小説なのだ。

 物語る声は夏目漱石を彷彿(ほうふつ)させる明治の新仮名文体。稀代(きだい)の文章家の真骨頂も味わえる逸品なのである。

(河出書房新社・1980円)

1964年生まれ。小説家。『ブラバン』ほか。2022年10月逝去。

◆もう1冊

『五色の舟』津原泰水作、宇野亞喜良(あきら)絵、Toshiya Kamei英訳(河出書房新社)

中日新聞 東京新聞
2023年12月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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