『奇跡の女優 ◎芦川いづみ』倉田剛著

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奇跡の女優◎芦川いづみ

『奇跡の女優◎芦川いづみ』

著者
倉田 剛 [著]
出版社
鳥影社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784867820537
発売日
2023/10/25
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『奇跡の女優 ◎芦川いづみ』倉田剛著

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

日活の黄金期支えた魅力

 芦川(あしかわ)いづみという女優をご存じだろうか。映画好きの方は、何をいまさらと思うだろう。ところが、身の回りに知らない人が意外に多くて驚いたのだ。かくいう評者も古い映画を観(み)るようになって知った口だから偉そうなことはいえない。昭和30年代から40年代にかけての日本映画の黄金期、日活を代表する女優の一人だ。今も活躍している藤竜也との結婚を機に1968年に引退し、その後公の場にはほとんど出ていない。いわば“伝説の女優”である。

 近年、旧作映画を上映する東京の映画館でたびたび彼女の特集が組まれ話題を呼んだ。今年の11月から12月にかけても名古屋や大阪の映画館で特集上映が企画された。出演作のDVDも発売され、ファンを増やしている。やや自慢めくが、評者は特集上映以前から好きな女優の一人だった。注目が集まるにつれ、「ほらね」と同好の士が多いことを喜んだ。

 本書は冒頭に総論的な「芦川いづみ論」を配し、多くのページが全出演作品の解説に割かれている。そこで表現される彼女(の役柄)を評した言葉をあげれば、清楚(せいそ)・清純、病弱・薄命、現代的・理知的、良識的、優等生、ピュア、古風、可憐(かれん)、誠実といったもの。評者はそこに、薄幸、凜(りん)とした佇(たたず)まい、信念を持った芯の強さ、ツンデレという言葉を加えたい。そんな役柄がすこぶる似合う女優なのだ。

 それゆえに、コメディエンヌとしての資質がはじけている「あした晴れるか」や「堂堂たる人生」があざやかな閃光(せんこう)を放つ。とりわけ後者は著者が「代表作」と絶賛し、解説文も一段と力が入る。

 全作品解説は、さして関心がなければ退屈に感じられるかもしれない。しかしひとたび彼女や日活作品のとりこになると、フィルモグラフィーも備えているので、一転して必携本に変じる。評者も未見の出演作のあれこれを観たくなった。

 もっと書きたいのだが紙幅が尽きそうだ。カバー写真が出演作「死の十字路」(傑作!)からという選択が渋い。相手役として共演の多かった葉山良二や小高雄二についてももっと知りたくなった。(鳥影社、2970円)

読売新聞
2023年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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