『横溝正史の日本語』今野真二著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

横溝正史の日本語

『横溝正史の日本語』

著者
今野真二 [著]
出版社
春陽堂書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784394770084
発売日
2023/09/11
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『横溝正史の日本語』今野真二著

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

表記の変遷 時代を映す

 妙な言い方ではあるが、これまで横溝正史作品を日本語として意識して読んでこなかった。文章を味わうというより、作品が持つ特異な雰囲気と複雑な人間関係、強烈な謎にただ引っぱられて読み終える、といった意味である。

 同じ版元から出た著者の前著『乱歩の日本語』では、江戸川乱歩作品にこんな近づき方があったのかと目から鱗(うろこ)が落ちる思いを味わった。本書もそうであることを期待し、期待どおりであった。著者の専門は日本語学であり、その立場から横溝作品が読み解かれてゆく。

 大正10年のデビュー以来、1970年代の“横溝ブーム”を経て、横溝作品は現在に至るまで様々な形で繰りかえし刊行され、読み継がれて、新しい読者を獲得している。なかには初出に依拠し校訂した本文を持つことを謳(うた)う作品集も少なくない。著者は自筆原稿や初出、初刊の本文を綿密に比較し、初出を底本とした刊本に必ずしもそうではない部分があることを指摘する。その善し悪(あ)しが問題ではなく、日本語の歴史を考えるうえで、なぜそこが初出とは異なる表記になっているのかを追究しようとする。初出のみ、見開き単位で初出箇所に振仮名(ふりがな)を付す「心性」、表現や文字化が統一的であることに非常に気を使う「心性」があることに気づく。その「心性」はいつ頃芽生えてきたのか。

 デビューから100年以上が経過するなか、横溝作品の本文比較を通じてわかったのは、日本語の意外に大きな変化であるという。それは、この間常に新たな本文による作品が刊行されている作家だからこそであった。各段階での本文の異同のなかに、それぞれの時代の日本語話者に共通した「心性」を見出(みいだ)す。日本語学者ならではの鋭い読み解きである。

 本書で検討されている長篇(ちょうへん)「夜歩く」に、雷鳴を「カチカチ」と表現しているのが複数ある。今はそうしたオノマトペを当てないだろう。書き手の意識やその時代を知る喜びを得た。(春陽堂書店、2420円)

読売新聞
2023年12月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク