自炊したいけど面倒…そんな人こそ進んで自炊したくなる喜びと心地良さの料理本

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自炊者になるための26週

『自炊者になるための26週』

著者
三浦哲哉 [著]
出版社
朝日出版社
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784255013602
発売日
2023/12/09
価格
2,178円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

道具選び、焼く、煮る、蒸す、揚げる。「風味」を軸に語られる奥深き思索

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)


著者で青山学院大学教授の三浦哲哉さん

 一枚のパンを焼いてトーストをつくる――。著者はこのささやかな「自炊」に向かうとき、「いいにおいのする熱々の湯気を、パンに充満させること」をイメージするという。料理を自分で作るとき、素材にどう働きかけ、何を引き出そうとするのか。その目的をはっきりと意識することが、「自炊者」になるための最初の一歩となる、というわけだ。

 本書は大学教授で映画批評や表象文化論を専門とする著者が、心地よい自炊をするためのポイントとなる考え方を、週に一度の講義のように伝える魅力的な一冊だ。

 その中で最も重要な要素として挙げられているのが「風味」である。トーストであれば、香ばしく焼きあがったパンを齧った瞬間、口の中に広がる匂いが鼻に抜け、舌で感じる味わいと渾然一体となっていく感覚。その感覚の本質が次第に理解されていくと、確かに料理をしたくなってくる。

 本書には自炊者になるためのレッスンとして、各週に料理のレシピが記されている。どのレシピにも惹かれるが、読んでいて何より魅力に感じたのは、この「風味」を軸に語られる思索の奥深さだった。

 著者は道具選びから始まり、焼く、煮る、蒸す、揚げるといった具体的な料理法、さらにはキッチンの片づけに至るまで、料理の時間の流れを表情豊かに解きほぐす。社会学、科学、哲学や小説など、ときに先人の言葉によって広げられるその思索が、「風味」の通り道を可視化していく。ある料理の風味を感じるとき、そこに紐づけられる記憶や風景、文化を味わい尽くすこと。自炊をめぐる個々の要素が掘り下げられ、そこにある本来的な喜びが開かれていく様子が心地よいのだ。

 自炊をめぐる面倒さを取り除き、一連の自炊のシステムを自分の中に宿すには何が必要なのか。その答えを探る過程は、「考えること」そのものの醍醐味をも教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2024年2月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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