『日本の建築』隈研吾著

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日本の建築

『日本の建築』

著者
隈 研吾 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
工学工業/建築
ISBN
9784004319955
発売日
2023/12/01
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『日本の建築』隈研吾著

[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)

世界と一線 美を再発見

 私が専門にしている臨床心理学では、かつて「日本の心理療法」とか「日本人の心」が盛んに議論されていたが、それはいつからか下火になってしまった。私たちの心がグローバリゼーションにどっぷりと漬かってしまったのもあるだろうし、「日本」という括(くく)りでは社会や文化の多様性を捉えきれなくなったのもあるだろう。他分野でも同様なのではないか。本書の著者が言うように、「日本の○○」を語ろうとすると、どうしても死体解剖をするような感じになりがちだ。

 しかし、本書が語る「日本の建築」は実に生き生きしている。戦前から始まり、バブル崩壊までを追うことで、日本建築が「大きさ」に対する「小ささ」を、「強さ」に対する「弱さ」を、「直線」に対する「斜線」を突き付けてきた歴史が見事に描かれている。それはつまり、世界のスタンダードに対する違和感として、日本的なものが再発見されたということだ。

 単なる独善的でナショナリスティックな精神論とは違って、確かに「日本的なもの」を実感せざるを得ないのは、美しい写真たちについ身体が反応するからだ。日本の建築たちは心地よさそうで、住んでみたい、時間を過ごしてみたいと感じている私がいるのである。

 建築とは死体ではなく、生きた人間が住まう場所である。それは体を預け、目を休ませ、心を包むための空間だ。著者の言う通り、それは人間の「巣」なのである。だから、本書からふと目を上げ、窓から町並みを一望すると、そこにある風景は本当に私向けの巣なのかとつい思ってしまう。そして、そんなに悪くないんじゃないかと思い直す。この本によって、日本の建築の要素が風景のそこかしこに散らばっているのが見えるようになっているのに驚く。

 「日本の○○」は世界を閉じるためではなく、世界に開かれるためにある。これからの日本文化論の可能性を感じる1冊でもある。(岩波新書、1056円)

読売新聞
2024年2月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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