スマホを捨てて散歩に出よう! 人生には寄り道や道草こそが必要だ

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散歩哲学: よく歩き、よく考える

『散歩哲学: よく歩き、よく考える』

著者
島田雅彦 [著]
出版社
早川書房
ISBN
9784153400214
発売日
2024/02/21
価格
1,078円(税込)

スマホを捨てて散歩に出よう! 人生には寄り道や道草こそが必要だ

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 あれこれ雑事に追われている時に限って、ふらふら散歩したくなる。暇な時にしよう、と自分に言い聞かせたりもするけれど、変な罪悪感を抱く必要はなかったようだ。

〈誰かのせいで暇を奪われ、退屈を強いられているなら、自分を解放するために最初に取るべき行動、それが散歩である〉

 散歩をこよなく愛する作家が、目的もなく歩くことの効用を説き、自然や人間を観察する面白さを語り、人生には寄り道や道草こそ必要なのだとゲキを飛ばす。スマホを捨てて散歩に出よう、と。

〈本日も初めて訪れる街や見知らぬ他人からインスピレーションをもらうために徘徊に出かける〉〈よく歩く者はよく考える。よく考える者は自由だ〉

 散歩する文学者の先達として、芥川龍之介の短編や永井荷風『濹東綺譚』、国木田独歩『武蔵野』などを挙げて、思索と創造のために散歩が重要な役割を演じたことが論じられる。なにしろ日本近代文学も散歩から始まったのだという。風景の中に人々の心象を溶かし込む特徴があるのが近代文学で、それは散歩者が風景を批評的に眺めることを通じて実現したのだとか。散歩、じつはすごかったのである。

 後半は散歩実践記。都心を歩く、郊外を歩く、田舎を歩く……。〈その街に住んでいなくても、「通いの住人」にはなれる〉とか〈用もなくほっつき歩く伝統は土地に根ざしたものだ〉とか、散歩好きのハートに刺さる至言が続々登場するけれど、一番グッときたのはこれ。

〈廃墟はそれ自体がタイムマシンなのだ〉。秋田の鉱山跡を訪れての一言。自分がいる現在とはるかな遠い過去を同時に、リアルに感じられる場所が廃墟だと評する。歴史散歩の魅力をズバッと言い表している。

 読めば散歩の時間が何倍も濃密になるはず。いつも見慣れた風景が少し違って見えてくる。

新潮社 週刊新潮
2024年3月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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