朝起きたら隣で寝ていた婚約者が死んでいた…サスペンス小説『私、死体と結婚します』の著者が語った執筆前に書いたプロット

エッセイ

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私、死体と結婚します

『私、死体と結婚します』

著者
桜井美奈 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758446280
発売日
2024/03/15
価格
704円(税込)

桜井美奈 小特集

[レビュアー] 桜井美奈(作家)

現代サスペンスの新鋭として注目されている桜井美奈さん。奇抜な設定が光りますが、その発想の一端を明かしてくださいました。

 ***

カーテンの隙間から差し込む光で、女はゆっくりと瞼を開けた。昨夜の酒が残っているのだろう。身体は重く、胸焼けがする。頭も少し痛かった。

昨日は初めて行ったバーで、いつになく飲み過ぎた。隣に座っていた男と意気投合して、ずいぶんと盛り上がったところまでは記憶している。ただ、そこで繰り広げられた会話の内容も、飲んだあとどうしたのかも、まったく覚えていなかった。

こんなに飲んだのは学生時代まで、さかのぼるかもしれない。だが女はもう二十代の後半。若いころとは違うのだ。深酒は二度とよそう……そんなことを考えながらベッドから身を起こすと、自分の身体が一糸まとわぬ姿であることに驚いた。

「ええ?」

最初は暑くて脱いだのかと思った。だが窓ガラスに雪が打ち付けるほど吹雪いている。いくら暖房がついているとはいえ、すべて脱ぐなんてありえない。そう考えたとき、女はベッドにもう一人いることに気づいた。横向きで女に背を向けているが、むき出しの背中を見れば、男性であることは一目でわかる。

「嘘でしょ!」

思わず声を上げたが、男はピクリとも動かなかった。

「ど、ど、どういうこと?」

女はかなりの声量で叫んだが、男に起きる様子はない。暑くもないのに女の背中に汗が伝った。

逃げようか、そんな考えもよぎるが、状況を把握するために、男に訊きたいことがある。女は恐る恐る、男の身体に手をのばした。が、その身体はひどく冷たく、そして―息をしていなかった。

『私、死体と結婚します』は、プロットを作り始めた当初、こんな物語を考えていました。いわゆる「朝チュン」シチュエーションで、隣にいた裸の異性が死体だったら……そしてもし、その人と(お酒で記憶がないときに)婚姻届を提出していたら……というところが、物語のスタートだったりします。

自分で考えたのに、かなり無茶苦茶な設定とは思いますが、その無茶を物語にするのが、作家の仕事でもあります。いえ、すべての作家が無茶を書いているわけではありませんが……。

ちなみに物語でよく見かける、「主人公の女性が記憶をなくすほど酔って、朝起きたら隣に男性がいた。もちろん二人はベッドの上で裸(注・生きています)」というシチュエーションの場合、このあと二人は若干の気まずさを感じながら、ホテルをあとにします。そして会社に出社すると、さっき裸だった男性はスーツを着て、突然転勤してきたか、ヘッドハンティングされたなどの理由で、女性の上司となるのです。やがて、喧嘩しつつも恋が始まる――ベタ過ぎるでしょうか? でも、こういった物語は、その後、お互い別々の相手と結婚し、同僚として程よい距離感で定年まで勤めました(了)―ではつまらないので、ベタな展開で話が進むことが楽しかったりします。

実際のところ、『私、死体と結婚します』は、最初に考えた設定からはいろいろと変わっていますので、冒頭で述べた物語がそのまま生かされたわけではありませんが、「死体と結婚」したことには間違いありません。

そしていざ、プロットを作り始めて最初に困ったのは、死体がどう変化するか、が私にはわからなかったことです。

死体をよく目にする職業として思いつくのは、医療関係や葬儀関係、あとは警察のかたでしょうか。そういったお仕事をしているならともかく、私が死体を目にするのは葬儀のときくらいしかありません。たいていのことなら、とりあえず試してみるか! と思いますが、そんな機会があるわけもなく……。結局、最初はインターネットで検索するわけです。

ミステリー風の作品を書くようになってから、私のパソコンには「ヤバい」検索ワードの履歴が増えてきました。今回の作品だけではありませんが、「死体」「殺害方法」「腐敗速度」「バレない死体処理方法」「拳銃の入手方法」「パスワードの解析」「別人に成りすますには」などなど。

最近よく耳にする、チャットGPTにも質問してみました。多様な問いに答えてくれるのですが、ちょっと困る感じに、おせっかいだったりもします。「遺体を放置したら?」と質問すると、「遺体を放置することは法的、倫理的に問題がある行為であり、様々な深刻な結果を招く可能性があります」と、答えてくるのです。『私、AIに窘められます』そんなタイトルが浮かんできます。他にも「遺体を腐敗させない方法は?」と質問したら「法的な手続きや専門的なスキルが必要であり、一般の人が単独で行うことは許可されていないことがほとんどです」と答えてきました。かなり倫理的です。少なくとも、AIより作家の思考の方がヤバいことだけは理解できました。

さて、『私、死体と結婚します』は、酒に酔って目が覚めたら裸の異性(死体)が隣にいて結婚していた、という話ではありません。

そんなヤバい思考の結果、結局どうなったのかは―ぜひ『私、死体と結婚します』を、読んでいただければと思います。

【著者紹介】

桜井美奈(さくらい・みな)

第19回電撃小説大賞“大賞”を受賞。2013年『きじかくしの庭』でデビュー。著書に『殺した夫が帰ってきました』『私が先生を殺した』、マンガ化もされた『塀の中の美容室』、『居酒屋すずめ』など。心の機微を描き、胸を打つ物語が評価を得ている。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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